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2009年7月31日 (金)

AC GALLERY 「清水陽 作陶展~花器を中心に~」に行ってきました

7月9日、銀座でギャラリー散策した時に、
DMを見て一目ぼれした、清水陽さんの作陶展に行ってきました!
AC GALLERYさんにお伺いするのは初めてで、汗だくで迷子になりながら到着。
マネージャーの雨宮さんと、作家の清水陽さん、ご本人様に会えてご挨拶!
超ラッキーでした!(感激*)

これ! このDMです! この三日月形のまっしろい陶器!
清水さんは 「moonシリーズ」 とおっしゃってました。
もう、絶対この目で見てみたかった!
行ってみると、目の前にある! 当たり前だけど、嬉しい~♪♪♪

はああ~。こっちの壁にもmoonシリーズが~っ♪

背の高い箱の上に並べてあるから、目の高さ位で見ることが出来て
興味津々、器じゃないみたい。オブジェみたい。

あああ~三日月好きのちてなとしては、こういうほっそい月も大好き!
この形ってすごいですよね! ぜんぜんぶれてないし、凸凹してない。
すっとして、しゅっとしてる。綺麗な弧。

DMに載ってた作品です。思ってたより厚い、がっしりした感じがしました。

すみません、上から撮ったものです。あまりに形が綺麗なので
どこから見ても惚れ惚れです・・・♪

小さい、ちゅうくらいの大きさのmoonシリーズも。

ところどころ、お花が活けてありますが、こちらは草月流の中村まりえさん
が活けたものだそうです。すっかり忘れていましたが、個展の題名は
「作陶展~花器を中心に~」 でした。

こうやって改めてみると、このmoonシリーズの花器に活けるのって、
凄く大変そうな気がしました! この器をもし買って帰っても、
はて、何をどう飾ろうか、生け花をしたことない、花心の無いちてな、
多いに困ってしまいそうです。

ちょうど、この日、中村まりえさんがいらっしゃったので、
ご挨拶して、少しお話し聞かせていただきました。
やはり、最初は、実物を見たら思ったより大きかったのと、
清水さんの器をいかすことを最優先に考え、
花びらが大きいようなものは選ばず、器の形、
良さを引き立たせることを一番に考えたそうです。

確かに、つるや茎のうねり、曲がり具合(?)などが
動きがあって楽しく、「静と動」 のように感じました。
清水さんの器が、さしずめ、お船で、海かもしくはお空の雲間に浮かんでて、
草花が遊覧飛行を楽しんでいるようにも見えます。

あんなに背が高くても、すっきりと。影も楽しめます♪

この日は、中村さんの生徒さんでしょうか、お花関係の方もたくさんいらしてました。
中村さんが、清水さんの器の繊細さと丈夫さを嬉しそうに語ってらして
皆さん、聞き入ってらっしゃいました。

ちてな、夕方行ったと思うのですが、お花関係の方以外にも、
続々と清水さんのお知り合い、ご友人の方々がいらして、
ちてな、取材用に撮影していたもんですから
他の方も 「撮っていいの?」 と写真を撮り出し、
清水さんを囲んで皆さんで記念撮影など、和気藹々とした雰囲気。
ひとりひとりは面識無いのに、初対面なはずなのに、
清水さんの花器、と、中村さんのお花、を囲んで
幾らでもお話が咲いて湧く、和やかな展示会場でした!
ふと、クロージングパーティーとかって、こんな感じなのかなあと思ったり。

このお花も、朝のうちは、蕾だったのに、夕方になって咲いたのよ
皆さん、グッドタイミングね、と中村さん。
皆で 「そうなんですか~♪」 と嬉しくて、パシャパシャ(撮影会♪)

ちてな、陶芸のことも、生け花のことも、よくわかりませんが、
この清水さんの花器は、中村さんに活けてもらって、凄く良かったと思います。

真っ白いと、無機質、冷たそうに見えてしまうこともあるんじゃないかと
思っていましたが、清水さんの花器、器は、かたちそのものがもう、
「ビューティフォー☆」 でございますゆえ、文句無し。
しかも触るとどっしりと重量感があって安定している。

そこに中村さんのお花が登場すると、影までも可愛く見えてしまう。
可憐だったり、上品だったり。なんか、いろんな年代の女性が
自分にあった器を選んで使用して、好き勝手に空に浮かんで、
海をそよいで、楽しめそうな。

そういえば、清水さんは、男性なんです。ふと気がついたら、男性は
清水さんひとりだけで、あと会場にいるのは、全員女性でした。
皆さん、幾らでもこのままここにいられる、喋っていられそうでした。

女性って、例えば、自分が使ってていいと思ったものは
「これ、いいんだよ~」 と、友達に見せることがありますよね。
すると、あいても 「ほんとだ、素敵~♪」 と、連鎖反応で繋がって
「いいよね、これいいよね~」 と、広がっていくことがあります。

清水さんのmoonシリーズはじめ、花器は、まさに、そんな感じ!
moonの花器へ注がれる視線がぶつかって
目に見えない音符マークになって、ギャラリー内でぽわぽわ浮かんで、
不思議な一体感、連帯感に包まれてる。皆でお月見してるみたい~☆

ここで、清水陽さんの陶歴をご紹介。

1982年  武蔵野美術短期大学 専攻科卒
同年     愛知県瀬戸市 赤津焼窯元 霞仙陶苑 勤務
1987年  東京代官山 陶芸教室 くらふと滝陶講師
1992年  東京銀座「陶悦」にて初の個展
1993年  伊豆畑毛温泉 大仙家 大仙窯講師
1994年  伊豆市 冷川に転居・築窯

食器・花器など日常の器を中心に制作。各地で個展・グループ展など参加。

清水さんに 「何で、月になったんですか?」 と、素朴な質問。
「講師もしてきましたので、ある程度どんな方法もやってきました。
 今回この 『moon』 は初めての試みで、
 ろくろできっちりとした形を作るのではなく、
 手びねりで、遊びを入れたいと思いました。
 ラインをきれいにして、ゆるい、やわらかさを出したかった。

 ある時、パッと頭に浮かんだ、振ってわいたのが、月のイメージでした。
 月と言ってもいろいろあるので、バリエーションを多く考え、
 バックを青にして、月がぽっかり浮かんでいるイメージにしたかったんです」

なるほど! それで、あのDM,そして今回の展示の仕方だったんですね!

わたしたち、見事に、清水さんの作られた月の花器に、こころ魅了されましたよ!
だって、皆さん、なかなかお帰りになりませんでしたもの。
ちてなも含め、皆さん、お話しながら、あっちこっちそっちこっち
何度も何度も近くから、遠くから眺めたりしゃがんで覗き込んだり。
皆さん、時間を忘れて楽しんでいたと思います*

清水陽さんとお別れするときに、

「すごい楽しかったです! 来て良かった! また面白いもの作ってくださいね!」
とお伝えしてきましたが、

あとになって、面白いもの作ってって・・・ちょっとどうかな?
とも思いましたが、ごめんなさい、ちてなにとって今回の展示会は
面白くて楽しかったので、そのまま素直に出てしまいました。

最後に、清水さんから 「個展ありがとうございました&暑中見舞い」 
のお葉書が届きました。清水さん、ありがとうございます。これがまた、
すっごく素敵な写真だったので、こちらをご紹介して終わりにしたいと思います。

AC GALLERYさん、清水陽さん、
素敵な作品展を、どうもありがとうございました!
清水さんのこれからのご活躍、楽しみにしております!

●AC GALLERY  http://www.ac-gallery.com/
 東京都中央区銀座5-5-9 阿部ビル4F
 Tel/Fax 03-3573-3676 地下鉄銀座駅B5出口徒歩1分

2009年7月24日 (金)

cafe百音 古谷真梨子 写真展「みちばた」 に行ってきました

2009年、4月28日、西荻窪にある、ギャラリーブリキ星さんにて、
内海満昌展を観賞、取材
したあと、高円寺のギャラリー工さんで
ポタリー展を観に行き、最後に、お茶しに「Cafe百音(もね)」さんに寄りました。

調度、古谷真梨子さんという方の写真展が開催されていました。

「あの夕日の写真なんか、いいと思うわあ」
「ああ、あれね」 「古谷さんは・・・」 「古谷さん・・・」

店内に、中高年の女性の方が4人くらいでお茶をされていました。
他の方が、ひとりの方を「古谷さん」と呼んでいるので
ああ、あの方が作家さんなのかあ・・・と、ちょっと意外でした。

いや、こう、なんといいますか。写真見て、撮った方は
もっと、若い・・・方かなあ~と、何となく思ったもんですから(^-^ゞ

オーナーが、迎えに来る時間を携帯メールで知らせてくれることになっていて
まだまだゆっくりできるなあと寛いでいたところ、
6時か、7時くらいでしたか。若い女性がやってきました。
「あら、きたわね」 「こんにちはー」
「お母さんと一緒に帰る?(笑)」 「じゃあねー」

あれ?お母さん? 娘さん? 若い女性と入れ違いに、
「古谷さん」たち4人ご一行様は帰っていかれました。
すると、cafe百音さんが、
「あ、ちてなさん、こちら、今回の写真展の古谷さんです」

こちらが古谷真梨子さんご本人様でしたか!(驚*)
さきほどまでいらっしゃったのは、古谷さんのお母様だったんですね*

この、はじめてお会いした古谷さん、ちょこっとお話し伺ったら、
とっても一生懸命お話しくださる方で、なんかこう、もっとずっと
ゆっくり時間かけて話したくなる、見てて、応援したくなるような方でした!
その魅力に、一瞬で虜になり、短い時間でしたが、
急遽取材させていただくことになりました~♪

古谷(ふるや)真梨子さん。
(※ちてな、高橋真梨子さん大好きなんです♪ 同じ真梨子さん、かなり嬉しいです♪)

今回の個展の題名は 「みちばた」。 
百音さんのサイトの個展説明文には、こう書かれてありました。

『道ばたを歩いているとき、地面とか空とかをよく見ている。
 なんかが落ちている気がする、
 そんな地面とか空が好きだと思う。
 道ばたの写真とともに百音を楽しんでください。』

DMはこちら。↓

個展を開くきっかけなどを質問させていただきました。
写真をはじめたのは、1年前。今回が初めての個展だそうです。
きっかけは、写真展の案内が載っている本に、百音さんが載っていて
良さそうだなと思い、ひとりで来てみて、やはり、ここで個展をやりたい!
と思ったのが、昨年の夏。
半年以上先のことだから、漠然としか考えられず、
そのくらい間があいているから、ゆっくり考えよう、と思ったそうです。

ちてな、この話を伺って、ずいぶん、のんびりされてるなーと
感心してしまいました* ちょっと羨ましかったです*


(感想:揺れて音が鳴る様、揺れて飛んでく様が浮かんできそう~♪)

「それで、個展をやるにしても、自分が良いと思う写真だけ、ではなく、
 テーマを決めたほうがいいよとアドバイスを受けたんです。

 それでしばらく悩んで 【みちばた】 というテーマを決めたところ、
 今度は写真が選べなくなってしまいました。
 ある写真を選ぶのにいっぱいいっぱいになってしまって。

 初め、写真展をするのに~そういう写真を選びたい。と思ったけど、
 選んでいくうちに、だんだん観た人が、気持ち良く帰ってもらえたら・・・。
 という気持ちに変わりました。

 仕事終わって、百音さんに寄ってみたら写真展がやっていて、
 その写真を観て、ちょっといい夜だったと思ってもらいたい」


(これが、冒頭の評判が良かった夕日の写真です。ぼけちゃってすみません!)

そんな古谷さん、個展初日は、大森さん(またあとで登場しますが重要人物です)
に一緒に手伝ってもらって、展示する写真を一枚一枚貼り付けていきました。

事前に、どこに何を飾るか、設計図を書いてくれたのは大森さん。
前もって入念な打ち合わせをされたそうです。
ところが、貼りながらも、ここを先に打って、やっぱり、ここをこうしようと
変えたりとっかえたりしながら、ギリギリになってしまったそうです。

でも、きょう見ていて、大きさがバラバラでメリハリがあって、
大きさを揃えて3枚並べたりとかもあって、そこがとても新鮮でした♪
ところどころ白黒というかトーンが落ちてるのも、陰陽みたいでよかったと思います♪

実際に、写真展を開催されてどうですか? と訊いてみると、

「楽しいです。人に観てもらうと、うまく言えないけど、
 いろんな意見を貰えるので、嬉しいです。
 ちゃんといっこずつ受け止めて、次に活かせるようにしたいです。

 母には、写真をやってることは言ってなかったんですが、
 写真展を始める1,2ヶ月前にばれました。
 でも、そんなことするってこと自体が、嬉しいと言ってくれて
 今日みたいにお友達をつれて観に来てくれて、ありがたいです。


(左:白い雲の上に、細い雲♪ 右:あの、ぎりっぎりなところがイイ♪)


(地面の斜め線と上からの影が交差するのが好き。しんとみいる)

 今、写真を撮ることがスゴイ好きなので、
 これからも、こういう展示をしていきたい。
 人にいいって言われても言われなくても、続けていきたいです。

 実は、大森さんという方は、私に写真を教えてくださった方なんです。
 お仕事で写真をしてる方なんですけど、大きさも小さいのを入れて
 バラバラにしたほうがいいよ、とか、こういうかんじにしたらって、
 いつもアドバイスをくださって、ほんとありがたいんです。
 百音さんで個展やればって薦めてくれたのも、大森さんなんです。
 それで、自分で見に来たのがきっかけでした」


(3枚並んでるの、いいですね~♪)


(この写真、とっても好きです♪)

ここまで話を訊いて、
大森さんって、男性の方ですか? と質問して、そうですとお答え。
だからか~!!! 納得☆ 何となく男性が撮ったみたいだな・・・
と感じてたので。

うわ~じゃあ、大森さん、この古谷さんの初めての写真展、
すごく自分の事のように、喜んで下さったんじゃないですか? と訊くと、
そうですね、大森さんも、大満足してくれてました、と、笑顔の古谷さん。


(左のアンテナ~♪ 右の赤い花~♪)

古谷さんは、じっくり考えてゆっくりお話される方なんです。
ちてなが、時間を気にしながら (いつ、オーナーから高円寺もうすぐ着くよ~♪
というメールが来るかとドキドキしつつ) 訊きたいことを最初は
ぽんぽん質問していました。でも古谷さんのお話しを聞いてて、
あ、これは、自分のペースで急いじゃダメだな、
古谷さんが自分の言葉を出すタイミング、ペースを、ゆっくり
古谷さんの気が済むまで待とうじゃないか、とすぐに思いました。
そう思ったら、訊いてるちてなも、楽しくなってきました。
どうぞどうぞ、待ってますから、ご自分のテンポでどうぞ~☆

古谷さんの実直なお人柄が伝わってくる声、話し方。
もう、ずっと、そばでいつまでも話してたいと思えちゃう心地よさ♪


(左:小さな花とぼかキラ可愛い! 古谷さんっぽい。
 右:あの地面と葉っぱと日影の割合が絶妙でたまりません*)


(自分だったら絶対暑いまっ昼間に撮りそう・・・笑*)

何となくですけど、想像しちゃいました。
大森さんが、古谷さんに写真を教える。撮り方とか、いろいろもろもろ。
きっと、古谷さんは、まっしろで、まっさらで、純粋で、素直で、
みるみる吸収していきそう。楽しくて面白くてどんどん好きに撮って。
そういう姿、そんな写真をいつもそばで見ていたら
もう至れり尽くせりしたくなっちゃうよな!(微笑ましい~♪)
・・・と、これは、ちてなの勝手な妄想でした。


(この写真凄く好き~♪♪♪)


(左の雲さん、好きだよ~♪ このメッセージも、うんうんって頷ける)

「百音さんで個展をやれて、高円寺も、百音さんもいいところで、
 西荻に友達が多いので来てねって誘いやすくて、
 きてくれた友達も、『いいねっ』って言ってもらえて、良かったです。
 写真家で有名になりたいというのは、そこまでは考えて無いです。
 また、展示をやってみたいです。
 割と、大森さんに、撮ってはすぐに見てもらってアドバイスを頂いているので
 そのペース、間隔をあけていきたいです。大森さんもお仕事お忙しい方なので」


(この写真も好きだなあ~♪♪)


(地面の割れ目に草が!シリーズ。これいいですね~!
 3枚並んでるのがまたイイ! この写真観て、男性なのかなと思いました)

古谷さんの真面目なお言葉に、最後は訊いてて笑ってしまいました。
こう、すごく短かったけれど、一日の疲れが吹き飛んだ、
貴重なやわらかな時間でした。

みちばたに咲いてる草は、誰かに気付いてほしくて、
気付いてもらう為に生えているんじゃない。
皆、生きるために根をはって己を出している。
気づくことが無かった、気づきもしないような隙間にも宿っている真摯な姿。
誰からも気付かれなくても、踏まれても、日が当たらなくても、
枯れ果て朽ちるその時まで、与えられた時間を、まっとうしている。
そんなひとつひとつに気づいて出会って写真を撮る。

古谷さんに、きっかけを与え、写真を教えてくださったのは
大森さんかもしれませんが、これから、もっともっと、
古谷さん自身が写真を撮ることで、自分を見つけていくのではないでしょうか。
いろんな自分に出会う場所。あるがまま、ありのままの自分。


(あの小さな葉っぱが、ハートに見えるの~きゅんときちゃう。。)

古谷さん、今度は、いつも歩いている”みちばた”から、どこへ行くのかな。
何処を見て、どう受け取って、何を感じて、どういうふうに切り取って、
どんな写真を届けてくれるでしょう。 すっごく、楽しみです!!!!

古谷真梨子さん、限られた時間、とっても短い時間でしたが、
古谷さんと出会えて、お話できて、嬉しかったです。
また次の写真展、楽しみにしていますよ。
どうもありがとうございました!

そして、cafe百音さん、どうもありがとうございました☆


(牛~♪丑~♪可愛い~☆ ちてなの干支~♪笑*)


●cafe百音  http://www.cafemone.com/
 杉並区高円寺南3-45-9  Tel 03-3317-4645
 JR高円寺駅南口より徒歩5分

2009年7月19日 (日)

ギャラリーブリキ星「内海満昌展 /絵 」(2009年)に行ってきました

2009年、4月28日、西荻窪にある、ギャラリーブリキ星さんにて、
内海満昌展を観賞、取材してきました。

毎年1回、ブリキ星さんで絵の展示会を開催されている内海さん。
ちてな、お友達に誘われて、内海さんの個展を毎年見るようになって、
5度目になります。(取材レポートとしては、4度目)

今回の個展のお知らせには、こんなことが書いてありました。


(今回のDM画像です)

---------------------------------------------------
今回がブリキ星での最後の個展となります。
冬の寒い雪の日に、
加川さんが以前住んでいた自宅を訪ねてこられました。
絵をみていただき、
個展をさせていただけることになりました。
もうずいぶん昔のことのようです。
自分の作品に対しては、
そのころと同じ姿勢で向き合っています。
突き抜けた絵が描けることを、
そして自分自身が死への不安を突き抜けられるよう、
今も描いています。
----------------------------------------------------

ちょっと愕然としてしまいました。

最後・・・?? 最後って?! 最後なの?!?

いろいろなことが胸の中をざわめいていきます。
しかし、ちてなには、もう、残された道はただひとつ。
今年も、内海さんの個展を、観に行く、ということ、だけです。

内海満昌さん。1975年生まれ、京都在住。
20歳で独学で絵を描き、東寺の弘法市で自分の絵を売る内海さんと
ブリキ星の加川さんが出会った時、内海さんは25歳だったそうです。
内海さんの絵を見て衝撃を受けたブリキ星の加川さん。
以来、毎年ブリキ星さんで個展を開催されてきました。
ブリキ星さんでの個展の常連として、ファンは多く、
2001年から初めて、今年で9回目の個展です。

ブリキ星さんに行って、
「お久しぶりです~♪」 と、ご挨拶もそこそこ、
「今年で内海さん、最後なんですか?!」 と訊いてみると、

「10回までやりたかったんですが・・・」 と加川さん。
その答えに、ああ、ほんとうなんだ、と悟りました。

「人はなぜ存在するのか」をテーマに描き続けている内海さん。

加川さんにとって、このお仕事をされてよかったと思うことのひとつが、
内海さんと出会えたこと、と、サイトで言葉を残されています。

ちてなは過去、5回、内海さんの個展を鑑賞してきましたが、
ほんとうに、ブリキ星さんの雰囲気が内海さんの絵にとてもあっていて
また、内海さんの絵が、ひっそりと、でも、伸びやかに、息が出来る、
そこに佇んでいる内海さんの絵が、ブリキ星さんに展示されていることが
観ていて、とても心地よくて、それが当たり前だと思っていました。
また今年も観れる。また、来年も観れる、内海さんの描いた絵に会える。
ずっとそう信じてたし、観れなくなる日が来るなんて、
まったく考えたこともありませんでした。

これが、普通のギャラリーさんと作家さんなら、
そんなこともなく、もっとドライで現実的なのかもしれません。
お金を払って場所を借りて、展示する。
お金を頂いて、場所を提供して、展示してもらう。
会期が終われば、はい、それまでよ・・・。
でも、ブリキ星さんは、そうじゃないような気が、ずっとしてました。

内海さんの絵が、ブリキ星さんで観れなくなる。。。。

5回しか個展を観ていませんが、
たった5年でも見続けてきた自分としては、
予想だにしていなかったことで、あまりにも
じぶんの中で、「内海さん=ブリキ星さん」 でした。
やはり、ちてなには、残された道はただひとつ。
今年も、内海さんの個展を、観る、ということ、だけです。

今回、昨年までと一番違ったのは、真ん中に置かれていた、
大きな木のテーブルが無くなっていた事。
存在感たっぷりのテーブルは、ブリキ星さんの象徴だったような気もします。
それが綺麗さっぱり丸ごと無くなった。びっくりしましたが、
これによってとても広く感じ、逆に、見張らせる、見渡せて、
なんだか水族館にいるような、自分の周囲を内海さんの絵が泳いでいるような。
客席から、いつだって拍手喝采できる準備万端。
いつだって、ハンカチばっちり。泣く気満々。

ところが、この実際に見た日、全然涙は出ませんでした。
もう、ほんとうに、ただただ、「嬉しく」て「感無量」でありました。

(むしろ、4ヶ月近くたって、ようやくこのレポート原稿を書いている
 今、のほうが、うるうるきております。。。)

新作は勿論展示されていますが、何点かは過去の作品も
展示されていました。でも、そんなこと気づかないくらい
(覚えているのも勿論ありましたが)
すごく新鮮で、どれも 「新作」 に見えました。
一年、または数年経て、再び向き合うとき、以前観た時と
また違う一面が見れた、感じた、気づいた、出会えた、
そんな小さな喜びが一枚一枚通してふくらんでいきました。

ブリキ星さんの壁。床。入ってくる、差し込む光。
この展示空間の中の空気。すべてが循環していて、きらきらと
目には見えない小さな輝きの粒で覆われているみたいな感覚。

今までだったら、「これを描いた時、どんな気持ちだったんだろう」とか
「これ観てると、あんなことや、こんなこと思い出すな」とか
「絵を観ることで、さて、自分自身、どうしようか」と考えてみたり。
いろいろ今までも思ってきました、感じてきました、書いてきました。

でも、今回は、どの絵を観ても、
称える気持ち、ありがとうという気持ち、が自然と湧いてきて。
どんなことも、どんな自分も、それでいいような気がして。
5年観て来た間、自分もいろんなことがあったけど。
もしかしたら、内海さんも、いろんなことがあったことでしょう。
計り知れませんが、よくやった。
今まで、ほんとうに、どうもありがとう。
どの絵も、抱きしめたい、そんな気持ちでいっぱい。

作家さんが毎年毎年個展を開催するというのは、
相当なエネルギー、パワーが必要だと思うんです。
そして、それを受け入れる、迎えいれるギャラリーさんのほうも、
双方が気力体力、共に、「さあこい!」 「いくぞ!」 じゃないですけど
生まれた作品をさらに世に出す、生かす、生かされるかどうか、
観た人たちの心の中に翼を広げられるか、羽ばたけるかどうか、
表現方法の違いはあれど、真剣勝負そのものだと思うんです。

内海さんは、今回を入れれば9回、ブリキ星さんで個展を開催してきました。
内海さんは、ブリキ星さんに出会えて、加川さんと出会えて、
ほんとうによかったなあって思います。
内海さんも、ブリキ星さんに感謝の気持ちでいっぱいなんじゃないかなあと
勝手に思っています。

憶測ですが、ブリキ星さん(加川さん)は 「なんで?」 「どうして?」
って訊かないような気がします。それを訊かれても困ることが多いです。
感情や思考を理屈で理路整然と表現する必要を迫られることばかりでは
息がつけません。息を吸うことも吐くことも苦しくなってしまうかもしれません。

自分という人間の 「性格」 や 「生き方」 や 「生きること、そのもの」 を
「なんで?」 「どうして?」 と他人に訊かれると
自信が無いと黙って項垂れてしまいます。何か言われても返せません。
確定していない自分に苛立ったり自分をダメな人間だと蔑んでしまったり
ぶよぶよの底なし沼のような土台に心焦り人を羨ましく思ったり
自分はこういう人間なんだと、きちんと伝えられない自分に、
歯痒くていたたまれなくて、なんだか悲しくなってしまいます。

「どうして、こういう絵を描くの?」
「なんで、ここはこうしたの?」
「なんでここはこの色なの?」
「ここは、いったい、どういう意味なの?」

そういうことを観た人に説明したい、表現したくて
描いている人も勿論いると思います。
でも、言葉少なに、語らず、な人もいますし
人からああだこうだ言われたくない人もいるでしょう。
どう思ってくれてもいいという方もいるでしょう。

海とも空とも砂丘とも山ともとれる、光とも雲とも取れる、
いろいろなものに観える、内海さんの絵。
それは、止まっているようでもあり、少しずつ動いているようでもあり、
どっちにも観える、永遠の一瞬です。

海は同じ波の日は無い。空は晴ればかりでなく雨も降る。
雲は風に乗って吹かれて形を変え、砂丘は行けども行けども果てなく続く。
山は頂上に登り切ったと思えど、もっと高い山は他にもある。

わたしたちも、つねに、一瞬一瞬の積み重ね、
時間に身を置き、年月を重ねてゆきます。

白や黒や、その狭間のような、薄い水色のようなグレー。
その淡い色の世界の中で内海さんは右に行ったり左に行ったり
浮いたり沈んだりしながら、もがぎ悩み苦しみ迷い、考え抜いた末に、
もしくは、なんにも考え無しに、筆をとり、筆を置く。
そんなことを想像すると、

表現するということは、誰からなんと言われようとも、
自分は、こういう人間なんだ、
自分は、こんな生き方がしたいんだと
自分で自己と向き合い、その時出た答えを自分の中で消化して
自分の身にしていくことと似ているような気がします。

そんな、ひとつひとつが、ぜんぶ、その人自身の土台になって、
生きていく、根っこになるんだと思います。

死ぬことは怖い。
この世でたったひとりぽっちなら、なおさらに。

どうして、自分は生まれてきたのか。
どうして、自分は生きているのか。
自分はこの先、どうやって生きていくのか。

人は誰も、教えてくれない。正解はいっぱいある。
でも、人から聞いた、見ただけでは身にならない。
自分で探し出した、自分で考えて、自分を削って得たもの、
自分を費やしたものでないと、自分にならない。

山のマグマのように、深雪の下、これから芽吹くであろう種のように、
私達は、命を、希望を、夢を、人生を燃やすことが出来る。
儚さと空しさと切なさと寂しさは消えようが無くて
越えても超えても、またやってくるけれど。
生きるって、そういうことだから。
誰に言われかたらでもなく、誰かのためでもなく、自分のために。

京都の内海さんが描いて送った絵たちが、加川さんの手を経て、
東京の西荻窪のブリキ星さんというギャラリーに飾られてきた、この9年。

観に来たお客様の、その時々のタイミングで調度良い具合で
そっとお茶を入れてくださる加川さん。
私達は、ゆっくり畳に腰掛けて、お茶を飲みながら、
心地よい静けさの中で加川さんと一緒に、展示空間を見渡す。
天井の窓から光が差し込んできて、
鎮座している一枚一枚をやさしく撫ぜて循環してゆく。
それはそれは、言葉に出来ないくらい、澄んだ空気。
清々しい、ひとときでした。
過去5回見てきて、その都度、自分になぞらえ、
勇気や希望を頂いてきました。
内海さんの絵を観て、自分はこんなだけど、
自分らしく自分の歩幅でやっていこうって思ってきました。

私達は、ブリキ星さんというギャラリーの中で、
内海さんの絵を観ることで何かを感じ、頂いている。
そして、内海さんも、毎年何かを感じ、絵を描いてきた。
私達は、何らかしら思い、考え、問うものを
投げかけられたり、受け取ったり、分け与えあうことで
生きながら、生かされている。

そう、ブリキ星の加川さんは、
ただ、 「作家さんのありのまま」 を
毎回受け取って、私達に届けてくださっていたような気がします。

「あなたは、あなたのままでいいんだよ」

って、
生き急ぐことの、無いように、
いつも仰って下さってたように思います。

暗い闇夜は心にすうっと伸びてすぐに覆われてしまいそう。
とぷとぷと揺れる飲み込まれそうな黒い海の波間に
灯台の明かりが届いたとき、私達は、光と闇、両方を知る。

光あるところに生まれる影をもそっとそのままに、
作家さんの作品に、光を灯してくださった。
そして、そんなふうに感じられる場所でした。

内海さんは、ブリキ星さんでの9年間をステップに、
次に進む時が、とうとうきたのですね。

ずっとずっと、変わることは無いと思っていた。
ずっとずっと、続くと思っていた。
そうじゃないんですね。いつか変わることも、ある。

「どうして、このままじゃいけないの?」
「なんで変わっちゃうの?」
「どうしてずっと変わらないではいられないの?」

変わること、変わらないこと、常に希望と不安は、表裏一体。
だからこそ、自身を信じて、勇気を持って受け入れることで、
ほんとうに大切な部分は、少しずつ、広く大きく太く深く高くなっていく。
それは自分が 「ありのままの自分」 と向き合って
話し合って決めていくこと。他の誰かに決めてもらうことではなく
自分で見つけ出す、導き出す 「揺るがない」 もの。
だから、変わることも、変わらないことも、あって、いい。

『突き抜けた絵が描けるよう、』
『自分自身が死への不安を突き抜けられるよう、描いている』
という内海さんの言葉があります。

内海さんが、どんな気持ちで、どんな思いで、
絵を描いてきて、そして、ここから先、何処へ行くのか。
どんな絵を描かれるのか。
『突き抜ける』って、どんなことなのか。

生きていくこと、そのものが挑戦と同じように、
何年、何十年かかっても、どうか、描き続けて欲しい。
これからも、そんな絵を、私達に、観せて欲しい。

ちてなは、今まで5回、個展を観てきて、いつも楽しかったです。
内海さんの絵を観て、こころが動いて、別天地のような景色を胸に
静かにパワーを頂いていたような気がします。

内海さんが、別のギャラリーで個展を開催される日が
いつか来るのでしょうか。楽しみにしています。

ブリキ星さんで出会えた絵と景色を胸に、
まっさらの場所で、新しい絵と向き合えるよう、
変わることなく、変わってゆくであろう、この先の絵を
あるがまま観ていけたら、と思っています。

内海満昌さん、どうもありがとうございました。
ギャラリーブリキ星の加川さん、どうもありがとうございました。

■ギャラリーブリキ星
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2009年7月 2日 (木)

神保健城 個展 『ねこものがたり』 に行って来ました

3月に原宿デザイン・フェスタ・ギャラリーで開催された
神保健城さんの個展 『ねこものがたり』 の取材レポートです。

実は、2009年、きちんと予定を取って取材させて頂いたのは
この神保さんの個展が初めてです。ですので、ちゃんとした
「取材レポート」というのは、2009年入って初めてになります。

途中、デザインフェスタ参加でそちらに係っきりになってしまい
その前後、舞台裏や当日レポ作りでバタバタしつつ、
ようやく体調が戻り、取材したあの日、あの時、
神保さんの絵を観た時間と向きなおることができました。
神保さん、随分遅くなってしまって、ほんとうにごめんなさいね。

神保さんの個展を観賞・取材させていただくのは、3回目になります。
3回とも、原宿デザイン・フェスタ・ギャラリー。
1回目は、2007年、黒い瞳の動物たち、目を閉じている猫ちゃんの絵が印象的でした。
2回目は、2008年、「散歩日和」と題され、公園などを散歩する
『僕』の存在に、自分の「今」と「未来」を重ねてしまいました。

そして、3回目の今回は、『ねこものがたり』。
神保さんは、個展案内に、以下のような言葉を添えています。

 気がついたら
 ねこの絵ばかり描いていた
 ねこねこねこさん
 今日もどこかで 
 まったり
 ねこのいるところ
 ちいさな ものがたりはじまる

神保さんは、2007年の時に、ずっと飼っていた猫ちゃんが旅立ち、
お別れをしています。その後も、つねに猫がそばにいた。
猫を見て、猫に触れていた。それはその後も変わりなかったようです。

原宿のデザインフェスタギャラリーの一階。昨年と同じ一番広い場所。
入ってスグ左の壁に、比較的大きめの絵画4点。こちらすべて非売品。

「花」
きょとんとした猫。花が咲き飛んでいるよう。
風車みたいに、くるくる回っているみたいな錯角が。

非売品の4枚はクレヨンでボードに描いたそうです。
握力が必要で、結構疲れました。と神保さん。

「うたたね」
猫がすやすや寝てる姿を見ると癒される、安心する。と神保さん。

この絵、いいですね~。ほんとに安心しきった表情です。
心なしか、花の香りがしてきそうです。

こちらは依頼があって描かれたもの。
ピンクの猫が黄色いお花畑でにっこりしています。
新しい生活、第一歩を楽しみにしているみたいです。

う~ん。この絵、好きです! 「いっぴき」という題名。
ちてな、ずっとこの絵、何回も見ちゃいました。
神保さんに似てる、猫バージョンの自画像かなと思いました。

入って右手側の壁からぐるりと囲むように、小さなポストカードくらいの大きさの
木の額が上下交互に展示されています。
一枚一枚観るのが、とても楽しかったです!
何度観ても 「あれ?あれれ?これ観たっけ?」 と先に進んだのに、
また戻っての繰り返しで、一向に前に進めない(笑)

それでは、ちてなの好きな絵ベスト5!

「木にのぼって」
この絵は、淡い色合いで、なんともいえず、
今の神保さんなのかなあとか、ちょっと思ったり。
(全然違ってたらごめんなさいね。そう感じただけです)
自分が歩いている視点から見た景色と、高いところから見る景色、
同じじゃないってこと、静かに受け止めつつ、
自分のこれから行きたい場所は果たしてどこだろうか・・・なんて。
あれ、ちてな自身の事なのかなあ。
猫もよく高いところにいますよね。何を考えているのかしら。

「ぐっすり」
寝る子は育つ、といいますね! 
悩んで頭がわけわかめ、とろろ昆布状態になったら、寝るのが一番。
寝てる間に、脳が整理整頓してくれるそうです。
猫はくるくるとよく変わる瞳の表情も素敵ですが
寝顔も最高に可愛いものです♪ このちょい耳伏せがツボ♪

「どこ行く?」
この 「止まれ」 と書いてある道路がいいです!
絶対猫に 「止まって!」 なんて言ったって止まりゃしない。
猫は行きたいところに行くし、気が向かなきゃ動かない。
誰かに命令されたり、指示されたから動くわけでもない。

淡い青い猫が 「どこ行く?」 と訊いているのでしょうか。
淡い桃色の猫が 「あなたは、どこに行きたいの?」 と、返しているような。

「おいしい。」
おおー! 猫の絵の中に、ひとつだけ人間の絵です!
この何ともいえない、赤い実のなる木が、まるで少年に
「摂って良いんだよ」 「お食べな」 って言ってるみたい。
傍らに、うさぎ(?)のような謎の生き物もいますね。
そうっと見守っているようです。
木の実をとって一口食べて 「おいしい」と、少年は満足しているようです。

「木の実」
この絵が、小さな額絵の中では、いちばん好きです☆
はからずも、「おいしい。」と同じ、赤い実がなる木に囲まれた絵ですね。
ここで、猫は、台に乗っています。ちゃっかりなのか、意識的なのか、
ただ、木の実を食べようとしているのかどうかはわかりません。
それでも何故か、ほほえんでいるように見えてしまいます。
「僕は食べない」 とも 「綺麗な実だなあ」 とも 「良い香りだ」
とも受け取れる、絶妙な、動きそうで動かない永遠の猫時間のようです。


(「食事の時間」)

この日は、一日中、朝から冷たい雨の日でした。
そんな春冷えの中、観に来てくださるお客様は多く、いちように
「猫だ」 「可愛い」 とたたずみ顔をほころばせて観ていかれます。
外国人の方も笑顔で、「cat(猫ね)」 「cat(ほんとだ猫だ)」
 「cat(ずいぶんいっぱい猫いるね)」 「cat(こっちもずっとあっちまで猫だよ)」。
・・・と、言ってるかどうかも、よくわかりませんが。「キャッツ」だけ聞き取れましたw
ああ、英語が話せないのが、もどかしい・・・(汗;)

神保さんに、今回の個展について伺いました。

「今回は、ボールペンで描いて、水彩絵の具で色付けしました。
 タッチは全部変えました。筆で墨で描いた、筆バージョン。
 道路の”止まれ”バージョン。 それと、イラストっぽい、らくがきタッチ。
 たくさん描きました。50枚くらい描いて展示したのは30枚。

 いちばん最初に 「食事の時間」 というDMでも使った絵を描きあげて、
 これを描いてから、暫らく時間がかかりましたが、
 猫シリーズで個展をやろうと決めました。


(「ボーリング」)
 
 題名は描いてから決めてます。
 あとで決めるので、作品とタイトルが自分でもわからなかったりします。
 例えば、『ボーリング』・・・これは、ボーリングのピンみたいだから。
 『いらっしゃいませ』・・・・これは、近所にいる猫のこと。
 いつもいて挨拶してくれます。この猫がキッカケで、
 毎日見るから、描きたくなってきたんです。


(「いらっしゃいませ」)

 2007年の個展の時は、猫に目を入れてなかった、閉じていました。
 その時は、猫を飼っていた、飼ってる猫でした。今回は想像した猫です。

 小さいほうの絵を先に描き、そのあとに非売品の大きいのを描きました。
 小さいのばかりよりも、大きい絵も飾ったほうがいいかなと。

 小さいほうは、シンプルな額にして、ランダムに、
 パズルをイメージしてゴロゴロ並んでいるようにしました。
 均一に並べず、わざとトーンを分けました。

 小さいのばかりだと、どこに視点を合わせていいかわからない、
 どこ見たらいいのかわからない、という感想もありました。
 ピンク、水色、など、色が綺麗って言われるのも多かったです。
 女性が描いた絵だと思われることが多くて
 『あなたが描いたの』 って驚かれたこともありました。

 すーーっと入ってきて、観て、さーーーっと帰ってゆく。
 意図的に、作品ファイルや、経歴なども今回は置いてないし飾っていないんです。


(上:「たそがれ」 「行進」 下:「星ネコ」 「あつまり」)

 描いていると、一枚一枚、小さい分細かいから、凄い集中力なので、
 描き終わると力が抜けてました。色がうまく塗れると、達成感があります。
 自分でも良かったなあと思いますね。

 猫シリーズにしたのは、”猫=癒しの存在”だから。
 写実的にならない感じにして、見た人が少しでも、可愛いなと和んで
 気持ちが安らいでくれればと、1枚1枚思いながら描きました。
 自分が猫好き、だから、描けた、というのが大きいです。


(「へんしん!」)

 描き終わると、いつも両親に見てもらって批評、アドバイスをもらいました。
 母は色彩にうるさくて、落ち込むこともあるけど、入り込んでしまうと、
 客観的に見られなくなるので助かってます。
 逆に、感想がないと不安になってしまいます。
 身近に訊ける人がいるのはありがたいです。

 毎年そうなのですが、今年も、家族に支えられて、
 家族のおかげで個展ができました。両親が搬入搬出を手伝ってくれて、
 兄も仕事を有給休暇とって手伝ってくれました。
 母はお弁当を作ってくれて、個展のために、お花を飾ってくれました。
 家族がいなかったら、できてなかったです。


(「前へ!」 「あそび」)

 兄には 『ありがとう、でも、自分は絵しか描けなくて申し訳ない』
 と言ったことがあるんです。
 すると、兄は
 『絵しか、じゃなくて、絵が描けるってことは凄いことだよ。
  自分は、絵は描けない。絵を飾る手伝いくらいしか出来ない』
 という答えが返ってきたんです。

 兄には、『絵、描くと面白いよ。描いてみなよ』
 とすすめたこともあるのですが、
 『俺は描けない』 と、即答でした。そういうものなのかなあと思いましたね。


(「もちネコ」)

 ある時、イベントで、自分がインストラクターになって、
 参加者の皆さんに、絵を描いてもらうことがあったんです。
 僕は 『自由に、好きなものを描いて下さい』 と言ったんですが
 皆、描けないんですね。困ってる。
 何か、お題を決めて下さいと言う。サンプルは無いのかとも言われる。
 それで、仕方なく、題材を決めたのですが、
 僕自身は 『自由に描いて』 と言われれば、嬉しくて、
 好きなようにささっと描けちゃうんですけど、他の人は、そうじゃないんですね。
 そういうことも、その時、初めて知りました。


(「ひなた」)

 それから、ある時、教室に通おうかと思ったことがあったんです。
 教室の先生に絵を見てもらったのですが、
 『教えることは何も無い。君は、作家として自分の物を持っている。
  このままその基盤をもとに、描き続ければいい』
 と言われました。
 その先生は、ある大学の教授だったので、
 そういう方に絵を見てもらえたというのも、貴重な経験になりました。


(「ん?」 「みんなで」)

 実は、振り返ってみて、アートに対する考え方が変わってきました。
 今までは毎年一回個展を開催してきたけど、
 毎年毎年やるのも難しいと感じるようになったんです。
 こうして、ちてなさんに取材してもらうようになって
 3年個展を続けてきましたが、これで、一区切りをつけて、
 個展はしばらく休もうと思います。

 自分のほんとうのペースにしたい。もっと時間をかけたい。

 昔は情熱があったんですが、今は落ち着いてきてしまいました。
 ひとつひとつの活動に、もっと、慎重でいたい。
 そう思うようになりました。

 毎回毎回、作風を変えてきた、作風が違うので、
 自分の中で 「これだ」 というものが無いんです。
 そこに少なからず焦りもありました。
 でも、『そんなことはない。どれを見ても、神保健城さんの絵だってわかるよ』
 と言ってくれる人もいて、そうなのかあと思ったり。


(「黒目がポイント」)

 毎回毎回、個展始まるたびに、見てくださった方の反応や感想など、
 凄く気になって心配でたまらないのですが、
 最終日を迎えて思うことは、やっぱりやってよかった、という思いです。
 過去5年間、5回個展をやっていますが、
 いまだに自分の作品を、個展の空間を客観的に観るのは難しいです。

 ですから、ギャラリーで通りすがりのお客さんの「可愛い」という
 小さなひとことでも、僕には新鮮な、そして貴重な意見になります。
 そうか、僕のあの作品は可愛いと思われるんだ。という風な感じです。

 今回個展をやって、うっすら見えてきたことも少なからずあります。
 それは自分の今現在の立ち位置だったり、考え方だったりいろいろです。

 というわけで、今回もちてなさんに個展を観て、取材していただいて、
 本当に感謝しております。どうもありがとうございました!

 先のこと・・・先はどうなるか、わからないですね。
 でも、絵は描き続けます。ものすごい、マイペースにやっていくと思います」


(「あおむけで」)

神保さんのお話を伺っていて、ちてなは素直に
そんなに焦ることも急ぐことも、気負うことも気張る必要も無いから、
自分の好きなことを好きなように楽しめるよう、
大切なものを大切にして過ごしていけるよう、
ご家族皆さんで笑っていられるよう、一度しかない自分の人生
大切にして下さい、たっぷり充電も必要ですよ~と思いました。

形に拘りたかったら、幾らでも拘れる。
ずっと一貫して同じテーマ、モチーフを追い続けている人もいる。
同じものは二度と描きたくないのであれば、描かなければいい。
でも、ちょっとやっぱり、昔に描いたアレを復刻してアレンジして
進化させてみようかなとか、別の方向に掘り下げるとか
幾らでも広げて深めて高められる。やっちゃいけないことなんて無い。
こうしなければいけない、なんて、決まりは無い。
心の思うまま、描きたいまま、伝えたい思いを形にするとき、
きっと誰かに、伝わると思うんです。

はじめることは、誰でもできる。でも続けることは難しい。
だけど、モチベーションを維持するって、本人にとって重要不可欠ですよね。
わたしも、取材レポート、ちょっと行き詰っていたこともありました。
誰かのためになってるのかなって、見失ってた時もありました。
初心も大事だけれど、目的や目標が変わる場合もありますから、
ふと、自分は何のためにこれをやってるんだっけ、回りも自分も見えなくなって。
そういう時は闇雲に続けても葛藤が強くなるだけなので、
いっそ、離れてみたり考えるのを止めてみるのもひとつの方法ですよね。
よく作家さんでも、何年間か描かないで休まれることもありますし。

絵を描く人はこの世に五万といます。たくさんいます。
そして、描けない、描かない人もいます。選択するかしないか、です。
でも、「伝えたい思いが届くかどうか」 は
生み出す、描いてみて、それを発信していかないことには
どこの誰かに見てもらうことでも無い限り、届くことはありません。

神保さんの絵は、わたしが3年観てきて、いつも何かしら響くものがありました。
いつも自分はどうなんだろうって考えさせられました。
そして何より、神保さんのご家族皆さんが、神保さんの絵を喜んで
楽しんでいらっしゃる。他にもファンの方がいる、ということ。
忘れないでいて欲しいです。

あなたが発したひとつの絵が、色として形として私達の目の前で飾られ、
空気を吸って吐き、浸透しながら、たくさんの人たちの目に映り広まることで
絵は家の中で、あなたと向き合っていた時にしていた会話と違う物語を
突如話し出すことがあります。違う音楽、違う香り、違う言葉を、
突然思い出したかのように奏でることがあります。
それはどこの誰にも、作り手にも予測がつきません。
絵も、あなたも、今日よりも、明日、明後日と、生きて成長していきます。


(「七匹のネコ」)

神保さんの、今まで観せてくださった絵が、何処かの誰かの目に留まったり
心や気持ちに触れることが、確かに、あった、ある、ということ。
絶望も希望も、涙も光も闇も、すべてのいろいろな感情が支えあい、
ひっぱりあい、絡まりあい、誘い、惑いながらも刺激されて。
あなたの血と肉と骨と細胞と経験と感情と意識とをかいくぐって、
やがてストンと、誰から言い渡されるでもなく、
誰から告げられるわけでもなく、絵は、あなたから生まれる。
あなたから生み出されて、
あなたに会えて、良かったと思っているということ。
あなたに会えて誇りに思っているということ。
何も恥じることは無い、ということ。忘れないで欲しい。


(「ふねにのって」)

猫は、いつしか、死期を悟ると、姿を消すといいます。
なんて潔いのでしょう。なんて強くてやさしくて愛おしいことでしょう。
猫の瞳は、何かをせせら笑うこともなく、ことさらに卑下することも無く。
ただただ、直向に。目の前に起こる森羅万象、よしなしことを。
そして、生きるということ、自身の置かれた状況にあわせて
要求に素直に向き合って判断しながら、
今という現実を、ひたすら、生きている。
依存しない、束縛しない、拒絶しない、裏切ることも無い。
それは、他人に、でもあるし、自分自身にも、であり。

はじまることも、終わることも、やめることも、続けることも。
ひとつひとつ、自身が選ぶ。そのたびに、道は開かれる。
神保さんの胸に、いつも希望があたたかく灯りますように。

猫の距離感って、目を見張るものがあります。密着も寄り付かないことも。
眼差しも、息づかいも、温もりも。食べちゃいたいくらい可愛い肉球も。
全身全霊を使って生きている。
わたしも猫を見習って、己と相対するすべてのものとの距離感を量りながら
自身の命を自分で守る、自分を大切にして健やかに生きてゆきたい。
自分を好きになって、同じように大切にしたい人への思いやりを忘れずに、
自分らしく自分にしか出来ないことを、コツコツ深めていきたく思います。

神保健城さん、個展を開いてくださって、
絵を観せてくださって、ほんとうにありがとう。

いつも 「ちてなさんの取材レポートは凄い」 
と細かく感想を伝えて下さり、とても嬉しかったです。
励みになって、自分ももっと成長したいと思うようになりました。
3年続けてご対面して取材させて頂くことができて、本当に楽しかったです。
お互い、次の一歩ですね。またいつか絵画展で会えるのを楽しみにしています!

●このレポートに載っている、額に入ったポストカードサイズの作品は
 一律3500円で販売中だそうです。ご希望の方は、購入したい作品の
 題名、画像などを添付して神保さんのメールアドレスまでお問合せ下さい。
 神保健城さん: kiki.takekij(アットマークです)hotmail.co.jp


(上:「昼寝」 「お気に入り」 中:「海にて」 「にゃー!」 「つき」
 下:「かびん」 「たたずまい」)


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