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2008年11月28日 (金)

ギャラリー澄光 「蜂谷和郎展」 に行ってきました

ギャラリー澄光さんは、東京都世田谷区奥沢にあるギャラリーさんで、
いつもクラフト縁に展示会の案内葉書を送って下さり、お世話になっています。
また今年の2月に、「苫米地正樹(とまべちまさき)さん」の
「陶芸展の投稿レポート」も投稿くださり、感謝感激、嬉しかったのです!
これは、もう、是非行かなくては! と、展示会の予定表を見ながら、
いつ、何のときに行こうかな~と考えていたところに、
蜂谷和郎さんの木彫展の案内DMが届きました。それが、こちらです。

一目見て、「きたーーー!!!」と、電球マーク、ぴかりこです!(喜*)
なんだろ、これ! ちょ~~面白そう! もう、絶対見に行かなくては!
すぐさま、取材依頼のメールを入れましたよ。
血潮沸き立つ瞬間とは、このことでしょうか*

遡ること、9月25日。取材当日は、うきうきわくわくるんるんで、向いました。
目黒線の奥沢駅だと、線路渡ってローソンと京樽の間を右へ入った4軒目。
東急東横線の自由が丘駅ですと、徒歩7分。南口出たら、左手側、東急ストアへ。
突き当たったら右に曲がる。ひたすらまっすぐ。奥沢神社、交番過ぎると、
目黒線奥沢駅の線路に到着です。そこからは、一緒です。
一回行くと、自由が丘駅からでも、全然近いですよ*

澄光さんに到着すると、ギャラリーの梅原さんと、蜂谷さんに初ご対面。
よろしくお願いしま~す☆ いろいろお話し、伺ってきました。
澄光さんは、もともと、ステンドグラス作家だった、オーナーさんが
20年前に始められたギャラリーだそうです。そんな昔からだったんですね!
その後、3年ほど前に、オーナーさんがお亡くなりになり、
現在、建築家である弟さんが引き継いで、営業をされているそうです。

この日、いらっしゃったのは、スタッフの梅原さんですが、
ふんわりとした、絹のカーデガンが似合いそうな、爽やかな方でした。
肩の力が抜ける~♪ いっぷくの、清涼感♪♪

まずは、どの作品も凄く好きなのですが、特に気に入った作品から
先にご紹介しますね。まずは、やはり、なんといってもDMにもなった

こちらです! もう頭のうえにあるのは、バナナなのか
お月様なのか、顎の紫色のちょび髭や、赤い蝶ネクタイや、
すべてが謎に包まれていて、眼が釘付けになってしまいました!

後ろは、こうなっていました。面白い~♪ こういうの、大好きです☆ 
赤い点とか、コリのツボではないかと思ってしまいます*

こっれっは・・・。この青色がたまりません。そして目が無いんですけど、
目が離せません。口が今にも動き出しそうです。もごもご。

てっぺんがちょっと、薄いみたい? 背中が、よろしく哀愁。
肩が、いいかんじの、なだらかさ! 思わず、腕を回したくなる。

魚です。このえらの部分、美味しそう! こういうバッチあったら、可愛い!

う~ん。上から見てもえらの裏部分までしっかり絵が描いてあって凄い。
斜め後ろから見たのが一番好き。尾びれが金属なのも素敵。

ペンギンです~! ペンギン好きちてなとしては、うるうるです♪

はい、いちばん好きなのが、こちらです♪ 緑の魚さん♪

尾びれのひれひれ感が好きです~♪ 口の回りの金色の模様とか、
目の周りとか。受け口最高! 口の中が真っ赤なのも、かあっこいい~☆

ああああ~! 極めつけは、ここです、ここ!
この角度から見たのが、一番可愛い! 
そしてそして、この角度から、是非、頭をナデナデしたいものです♪
蜂谷さんに言ったら、
「これを可愛いって言われたの初めてです」 と、言われてしまいました。
なんでー?! こんなに、めんこいのに* 竜とか、風神雷神、麒麟と
同じくらいカッコイイです! (いや、実際見たわけではありませんが・・・)

蜂谷和郎(はちやかずお)さんは、
ギャラリー澄光さんでは4年ぶりの個展になるそうです。
2003年に、木彫で猫を作られたのが、実に、20年ぶりだったそうです。
2004年に、澄光さんで、猫をテーマにした正月展が開催され、
それに先立って、参加してみる? と声を掛けられ、蜂谷さん曰く、
電球が光って、その場ですぐに出す出す! と参加表明されたそうな。
その年の10月には、猫から魚に作品を変え参加。

また、埼玉の猫専門のギャラリーの前を偶然通って、チラシを貰い、
ついでに中に入って、話をしたところ面白かったので猫展に参加したり。

近年では、千葉県松戸市や市川市などの民家の庭先や喫茶店の入り口など、
屋外のいろんなところに作品を展示する展覧会に参加。
縁日をぷらぷら散歩するような気分で見てもらえるよう、
題名はつけずに、ペンギンの木彫りなどを展示されたそうです。

普段は、彫刻家として、木彫り作品を作る以外は、大学で臨床美術士の
講師として教えているのだそうです。

わたしは、「20年ぶりに木彫り作品を作った」という言葉がひっかかったので、
それまでどうされていたのか、木彫りとの出会いなどを訊いていきました。

「実は、ずっと畳にモルタルで絵を描いていたんです。20年間、平面でした。
 セメントなどをバーナーで焼くと、いろんな色になって面白かったですよ」

当時の作品ファイルを見せて頂きましたが、正直ぱっと見ただけでは
とても難解で「そうなんですかあ・・・」と言葉が出ませんでした。

わたしのイメージだと、畳って、いつも家にあって、そこで寝たりご飯食べたり、
気持ちのいい時は寝転んだり、ビー玉やおはじきを並べて遊んだ記憶のある、
懐かしくて、日向のにおいがする、いつも一緒に生活してきたような感覚。
母に言われて、雑巾がけをよくしたのも思い出です。
その畳を、焼いたり焦がしたり・・・? どういうことなんだろうと、
ちょっと聞いただけでは、よくわかりませんでした。

「子どもの頃は、よく絵を描いていました。
 高校二年の冬で、油絵の匂いが自分はどうしてもダメだと諦め、
 中学の時、粘土で首(人の顔)を作ったのが面白かったなあと思い出した。
 それで、美大の彫刻科に進みました。

 その大学は、類は友を呼ぶようで、面白い人間が集まってた。
 毎週のように集まって酒を飲み、学園祭の実行委員もやったし、
 ホールが移転するときけば、反対運動。
 京成のとある駅が廃止ときけば、反対運動。団結力もあった。
 そんなことばっかりやっていたけど、楽しかった。

 それでも、彫刻科では、毎朝誰よりも早く、モデルよりも早く行って
 つくっていました。」

「卒業してからは、アルバイトをしてましたが、お金も無かったので、
 近くにある畳屋に、使わなくなった畳、いらなくなった、重くてでかい、
 廃棄されるだけの畳が集まっているのを目にして、
 その畳を引き取って、制作をしてました。

 畳は、日本人の生活に欠かせないもので、
 生活の基盤の象徴でもあり、溶け込んでいるものですよね。
 木の文化の日本、日本の文化そのものである畳に、
 当時増えてきていたセメント、コンクリート。
 これらを組み合わせることで、今のこの時代のあり方に巻き込まれてる、
 さまざまなものを表したかった。
 日常生活を送っている人々の中の貧しさ、苦しみを表したかった。

 若いうちは、情熱だけ、発信したいという気持ちだけで作れたが、
 やっていくうちに、自分で作っていて、きつくて辛くなってきてしまった。
 負の部分を強調しすぎて、ひきずってしまって、
 難しいものを作ろうとしすぎて、無理があったことに気付いたんです。
 それと、素材そのものに頼りすぎたこともあります。
 素材が良いと、素材に頼ってしまうのですね」

「それで、畳をやめて、20年ぶりに木彫りで猫を作ったとき、
 モヤモヤしてたものが、スコンと落ちたんです。

 どんなに難しくて大変だった1日でも、振り返ってみれば、
 あんなこともあったなと、楽しかったことを思い出して眠りたい。
 今日は、こんないやなこともあったけど。作品をみて、ほっとして寝たい。
 次の日に生きるエネルギーが出てくる。
 そんな作品を作りたいなと思うようになったんです」

蜂谷さんの短い中にも深い言葉に、想像してみました。ものが豊かになり、
便利になっていく時代の中で、裕福さは、人を幸せにし、平和になっていきます。
どうしても、喉元過ぎれば・・・で、忘れ去ってしまうこともある。
でも、世の中には、貧しさから抜け出せず辛くて苦しい思いをしている人が
いっぱい、いる。そういう人たちがいることを、忘れちゃいけない。
目を反らしちゃいけない。きっと、いろいろなことを、メッセージとして作りこむうちに、
蜂谷さん自身が、削れて、擦り切れて、身が粉になるような、
切なくなっていってしまったのかもしれない。20年の年月で経たものが、
大学生時代につくっていた、手に慣れ親しんだ、木彫りを作ることで、
よみがえるものがあった、はたまた、昇華のきっかけになったのでしょうか。

20年の苦しみがあったからこそ、今のこの作品たちなのかな。
暢気に楽しく浮き足立ってみていましたが、
お話を聴きながら大きく息をついてしまいました。
人に歴史、あり。作品に歴史、あり。

この瓶の作品は、最初ひとつずつ展示してあったんです。
それを、わたしが、写真撮るのに、一緒に並べて撮ってたら
「あ、それいいねえ、そうしよう」と急遽、この形になりました。
ちょっと、嬉しいです*

また、壁に、イラストがたくさん貼ってあって、
蜂谷さんが描いたものだとわかりました。
 
「普段は、油性ペンで、イラストを描いて、
 その中から気がつけば作品になっているものもあります。
 木彫りは、木から彫り出して削っています。台も作ります。

 今までの作品は、だいたい、部屋の中に置いてます。
 テレビの横とか、見えやすい位置に置いておくんです。
 そうすると、ちらちら視界に入るから、気になって手を加えるんです。
 色を塗り替えたら売れた猫作品もありました。

 作品の題名は、よく訊かれるんですが、いつもあとからつけるんですよ。
 苦労するので、できればつけたくない。
 決めてあったとしても、搬入の前に変わるかもしれない。
 当日ギリギリでつけたものもあります。

 今回の新作は、人のイメージで作っています。
 瓶を見てたら、人に見えてきちゃったんです。
 何を作っても、自分自身がでていると思います」

そう、今回、作品を一通り見て回ったときに気付きました。
題名が「あああ」 「ははは」 「むむむ」 「もりもり」
「くりくり」 「ぴかぴか」 「ころころ」 「ぷくぷく」 「きらきら」
屋外展示をされたという、ペンギンにいたっては
「たこやき」 「おでん」 「やきそば」 ですからね*
題名だけ見ると、さらに、面白い、目が白黒です♪
でも、あ~わかるわかる! それっぽい!
と頷けちゃうものばかりなんです♪

「彫るっていうことは、不自由な環境そのもの、
 不自由の中でやっていくことなんです。
 木、そのものは軽いわけでも自分の思い通りになるものでもないので、
 試行錯誤しなくちゃなりません。
 とてもめんどくさいことですが、
 苦労しながら、工夫するしかない。
 自分が出るんです。
 自分をみつめていることと同じなんです。
 辛いけど、大切なんです。
 ものの本質を見極めようとしないとつくれない。
 表面的なことだけを見ていると、つくれないんです」

この話を伺ったときに、息を呑みました。
自分を見つめるということから、デッサンが苦手という話しをしました。
わたし自身、デッサンが苦手で、途中で、戸惑ってしまい、
うまく描けない自分が「ものごとをきちんと見ることができない人間」
と思われたら嫌なので、恥ずかしいので、描けない、描くことができない。
そして、そんな自分が、いやだと。
デッサンって、人や物をみつめる以上に、自分を見つめる作業と
同じことなんじゃないか、そういうふうに思えてきたんです。

すると、蜂谷さん曰く
「お年寄りの方にも大変多いです。
 そっくり描かなくちゃいけないと思い込んでいる方が。
 デッサンするとバランスが狂って、変だと思った途端に描けなくなってしまう。
 そっくり描くことが正解だと思い込んでしまっている。
 外国の貴族や大金持ちのために、仕事としてそっくり描くことはありますが、
 現代の画家、ピカソ、ゴッホ、マチスなどは、作り手の思いをそのまま出しています。
 美術というのは、自分がそのまま出るんです。自分が出せるか、出せないか。 
 自己表現したい。そんな自分を出すことが美術なんです」

「最近のお子さんは、経験不足なことが多いように思います。
 川や山や綺麗な空気、自然を知らない。不自由なことも知らない。
 体験しないまま、感じることが無いまま、小学校に上がってしまいます。
 
 お子さんが描いた絵を、褒める。
 これはとてもお子さんは、嬉しくて喜びます。
 嬉しいから、もっと、いろんなことをやってみようとします。
 自分で、こうしてみよう、ああしてみようと、考えるようになります。
 うまくいかなくても、どうしたらいいか、工夫するようになります。
 これは、大人になってからも、そうです。
 言われたことだけしかやらない、自分で考えられない、
 指示待ち人間の方は、残念ながら多いです」

うーん。このお話は、すごく説得力がありました。
わたしは、オーナーに絵を描くよう薦められ、描いてみせると
「いいじゃない♪」 「可愛い可愛い♪」 と褒められて、それが嬉しくて、
もっと、いろいろ描けるようになりたくて、せっせこせっせこ描くようになりました。
勿論、まだまだ描きたくても描けないものがいっぱいあります。

頭で思い浮かぶものを描けない、出せない自分がもどかしい。
そういう時もあるけれど、でも、きっと、いつか、思い描くものを描けるように、
辿り着けるように、少しでも近づけるように、描き続けるしかないと思ってます。
 
小学校でも中学校でも高校でも、ずっとずっと、ちゃんときちんと絵を描く、
上手に作れる、成績や評価のいい人が凄いんだと思ってきました。

自分を表現することが美術。自分が出せるか、出せないか。
凄く当たり前のような気もしますが、すっぽ抜けていたような気がします。
自分が表現したいものを作りあげるまでの辛くて苦しい道のり、過程も、
すべて、そこに注ぎ込まれる、自分自身になっていくのかもしれませんね。

ところで、今回の個展のDM、すっごく気に入っているんですが!
と伝えると、

「作ってて、楽しい。こだわりあって作っているものは、
 人に伝えることができるんですね。
 実は、このDMはデザイナーさんに作ってもらいました。
 好きなように、遊んでくださいってお願いしたんです。
 おかげで、気付いていない自分を気付かせてもらえました」

なるほど。自分が気付いていなかった良さを、他の方の手を経ることで、
引き出してもらえたんですね。わたしは、まんまとこのDMの虜です。
そして、実際に来て観て、ほんとうに、その通りだった・天晴れ☆
改めて、感心したのでした。

こんなふうに談笑していたら、オープニングパーティーで知り合ったという、
以前、澄光さんでも、展示会を開催された、写真家の中道順詩さんが
蜂谷さんに会いに駆けつけ、撮影会がはじまりました!

プロの写真家さんが、撮影をしているところなんて、初めて遭遇しましたので、
邪魔にならないよう、激写しちゃいました* 中道順詩さん、またどこかで
機会がありましたら、改めて、宜しくお願いします~☆

わたしも遠くから更に撮っていたので、蜂谷さんに
「どっち見たらいいのか、わかんないよ」と笑われてしまいました。

撮影の合間、中道さんが、いろいろ質問をされていて、
「ダイビングをやっていて、下から魚を見る経験をした」
と蜂谷さんが話していたのを、小耳に挟みました。
なるほど。それであの魚たちなのですね(納得♪)
確かに、蜂谷さんの魚たちは、ほんとうに、泳いでいるみたいでした。

 「これからも木彫りで人間を作っていこうと思っています。
  治療に通っている、松戸市のタウン歯科の治療室で、
  12月1日から、年内展示します。
  今度、治療に行って打ち合わせしてこなくちゃ」
    (※このお話を伺ったときは、9月でした;。)

蜂谷さん、素敵で面白い方です。
お話し伺っていると、なにか、こう、空気みたいに自然にやってくる、
導かれるようなことも、ちっともこわがらず受け入れている、
軽やかに楽しんでいるような感じがしました。

蜂谷和郎さん、このたびは、
素敵なお話を、たくさん、どうもありがとうございました!
すっごく、すっごく、行ってよかった、観てよかった、
楽しくて面白くて嬉しかった! お会い出来てよかったです!

そして、ギャラリー澄光の梅原さん、どうもありがとうございました☆

■蜂谷和郎
 1958年 東京生まれ 東京芸術大学美術学部彫刻科卒業
 浦和造形研究所子供造形教室講師のかたわらモザイク壁画制作に携わる。
 1994年、芸術造形研究所専任講師となり、現在は、同研究所教育事業部部長。
 彫刻家。日本臨床美術協会専任講師。法政大学兼任講師。

●ギャラリー澄光 
 http://www5a.biglobe.ne.jp/~choukou/
 東京都世田谷区奥沢4-27-12  TEL&FAX 03-3748-2781
 東急東横線自由が丘駅南口徒歩7分 目黒線奥沢駅南口下車 徒歩2分

~~ おまけ ~~
この日、このあと、いってきたところ ↓

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