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2007年12月26日 (水)

銀座・純画廊 水口かよこさんの個展に行ってきました

さかのぼりますこと、11月24日(土)。
4月に、吉祥寺のにじ画廊さんで、はじめて鑑賞、
お会いし取材させて頂いた、水口かよこさんの版画の個展が
銀座の純画廊さんで開催されると聞き、最終日に行ってきました。

4月の時は、既に、水口さんの展示会のDMを拝見していて、
DMに載ってた作品にとても魅かれ気になり、どんなだろうという
漠然とした期待を胸に初めて水口さんにお会いし、作品を見た瞬間。
「これはいい♪」ときらりん☆モード全開。
こうして、はじめてお会いして、いきなり取材させて頂くという力技に。
でもとても楽しかったんです。作品も素敵だった。
とてもいい思い出になりました。

その後、水口さんが関西にお引越しになられて、遠くなったな~と
少し残念に思っていましたが、このたび、ご結婚もされ、
こうして、東京の銀座で、また個展開催と聞き、
もうなかなか会えないかもしれない!とひた走る気持ちで向ったのでした。

ところで、銀座。案の定、道に迷いました。
以前、ミレージャギャラリーさんや、ボザール・ミューさんに行った時も、
さんざん迷いましたが、今回もばっちり迷いました。しかも、この日、
1丁目の純画廊さんを鑑賞したあと、
7丁目のボザール・ミューさんの米田民穂さんの個展にも行ったんですが、
米田民穂個展『猫 or 猫?』のレポは、11月30日にUPしてます
そこに辿り着くまでにも、迷いに迷い疲労困憊しました・・・。
ちなみに、迷いついでに、見かけた、ペンキの看板!

おのぼりさんで夢中で撮りました。可愛い~!
さてさて、ようやく、辿り着きました、純画廊さんの入っているビル。
工事現場の警備員さんに
「あ、奥野ビルでしょ?すぐそこです、まっすぐですよ」と
すかさず言われました。道を尋ねる方が多いと言うことでしょうか?

そのビルは、とても古い佇まいで、中に入ると、
刑事、警察、裁判もののテレビドラマや映画の撮影に使われそうな、
昔の雰囲気そのまま、タイムスリップしたみたいで、ノスタルジック~♪
わくわくで、行くと「純画廊」さん、ありました!

思ったより、広くないんです。でも、このビルというのは、各階、
たくさんのギャラリー、事務所が、このくらいの広さであって、
ひしめきあってるという感じです。どこかを見られた方が、帰り際、
また向う途中に別の画廊にも立ち寄る。そんな人の流れが完全にできあがってます。
わたしが行った時も、何人も何人もの方が寄られて鑑賞されてゆきました。
(わたしも帰り、各階、回ってきましたが、すっごく面白いですよ!!
 このビルだけで、充分、見応えあります!池袋の餃子スタジアムで、
 各地の美味しい餃子をたらふく食べてご満悦♪みたいな楽しさです!!
 来年、行脚してみようかしらん*)

7ヶ月ぶりに、水口さんにお会いしたんですが、
何年ぶりかに会ったみたいな、嬉しさがありました~!
あいかわらず、ふわふわとした、透明で、
それでいて潰れたり割れたり消える事のないしゃぼん玉のような、
いい匂いがする薔薇の花びらのような方です。

「初めて吉祥寺で個展を取材させて頂いて以来ですね!
 このたび、ご結婚もされたそうで、おめでとうございます!
 もうなんだか会いたくてたまらなくて、最終日で頑張ってきちゃいました!
 ま~ま~随分とお綺麗になって*」と、のっけから、テンション高め。
ほんとうに、会いたかったんです。水口さんの作品を見たかった。
水口さんの作品は、1度見て気に入った方は、たぶん、
わかると思うのですが、ずっと気になる、また見たい。
はまる人ははまる。好きな方は、ずっと好きだと思います。
そういう、不思議な魅力があるんです。

今回は、どんな作品たちなんですか?とお聞きすると、
「今までと違うことをやってみました。
 バックに色をつけたり、シルエットを使って、
 つまってる要素を抜いたり。
 和紙で厚みを出して立体感を出したり、
 今までより少しきつめの配色、今までより色目を出してみました。
 同系色の作品を作ると、違うものを作りたくなっちゃうんですよ」

それにしても前回も思ったのですが、版画と言われてもぴんときません。
色が綺麗で。普通に描いてるみたいです。

「千代紙を使って貼ったり、ぼかした和紙を使って
 ちぎってグラデーションをつけたりもしました」

大きい作品は、体力は消耗しますが、作りやすく、逆に
小さい作品のほうが、彫るのも刷るのも難しいそうです。
話を聞きながら、こんな華奢なお手手で、
こんな大きな作品を彫ってるのね~と、
なぜか、うんうんとうなずくおばちゃんと化してました。

このダリアの花びらですが、じっと見てると、中心から
次々に湧き出て大きくなっていきそう。存在感ありますね。

こちらも、じわりじわりと好きになってしまう作品。
目が離せなくなってしまいます。どんな時に見たとしても、
いつのまにかに、こころに映り込んできそうです。

この、透明感のある緑色。そして、曲線のラインが
しなやかな動きがあって、風に揺れているようで、綺麗です。

今回、とても好きだなと思ったのは、こちらの作品。
実の部分が可愛いんですよ。そして葉っぱが美しくて儚くて。
シルエットがいいかんじですよね。紫色系というのは好きな色ですし。
咲いているような、落ちてゆくような、舞っているようにも見える。
おじぎをしてくすくすと笑いながら、わたしの手元からすり抜けて
鳥になってはばたいて飛んでいってしまいそうな。
水口さんの作品は、どこから見ても、どこをクローズアップしても
どこかを例え切り取ったとしても、なくならないものがあって、
それはまるで、人に流れている、血液と同じでしょうか。

わたしには、版画のことも、作り方も、技術的な詳しいことは
全くわかりません。ただ今回思ったのは、水口さんの作品は、
見ていると、「生」を感じるんです。それはきっと、見た人の数だけ、
受け取る、感じる「生」の時間です。
水口さんの作品を通して、どんな「生」の時間を見るかは、
人の数だけ違うと思います。幻影かもしれない。願望かもしれない。
日本の四季のようにうつろうものであったとしても
生きている、生きた時間、生きた思い、
生きているから感じ触れることができる五感、
それらが無意識のうちに蘇らせられる作品なんだなと、わたしは思うのです。

「結婚しても、作り続けて行って下さいね!」と話していると、
純画廊の内藤さんが、

「結婚すると、どんな作品になるのか、楽しみ。
 新しい、スタートラインですよ。男性は結婚すると、
 安心しちゃって楽したくて安住しちゃうけど、
 女性って、そういうものじゃない。
 いきいきと生きていかないと、意味がないって思うのよ」

あまりにも、ズバリそのものの発言で、びっくりです!
このあと、内藤さんから、思いも寄らない、鳥肌が立つような、
貴重なお話しを伺う事となるのでした。

「銀座の純画廊は、去年、2006年3月にOPENしたんです。
 15年ほど美術関係の仕事をした後、
 1998年に独立して、小岩の自宅をギャラリーにしました。

 私は、佐藤美術館さんを応援していて、その関係で、
 学生さんを紹介され、若い方とのかかわりが多くなってきました。
 小岩のギャラリーで企画展・・・・といっても、
 自宅ですから、生活感を出しちゃいけないし、
 準備など、対応しきれない。
 とても、ざつざつとしていたんです。」

「実は、私にとって銀座は、勉強の場でした。
 銀座の近くに職場があったので、
 自然に、環境として馴染み深いところだったんです。
 その頃から、この奥野ビルを知ってて気になっていたんです。
 10年前、画廊として独立するとき、馴染んでる銀座で
 是非やりたいとも思ったのですが、そのときは自信が無く、諦めました。

 でも、4年前に、やっぱり、この奥野ビルが好きで、注目していて、
 空きがないか確認したら、7人待ち。2年半待ちだと言われました。
 小岩の自宅ギャラリーでは、手一杯で、
 若い人とかかわっていくのに、今のままではできない。
 今後の方向性など悩んでいました。そんなときに、
 入れると電話を貰って、すぐに駆けつけて決めたんです」

「25年、仕事をしてきましたが、銀座に来て、
 どういうスタンスでどういうふうにやっていくか悩みました。
 このビルは、画廊が20件近く入っていて、たくさんの人が来てくれます。
 それでも、半年間、一枚も売れなかった。家賃も経費もかかる。
 どうしていけばいいのか。悩みながら様子を見ているうちに、
 あることに、気がついたんです。
 小岩の時代、勤めていた時代も含め、
 20年以上仕事をしてきて、誇りも自信もあります。
 自分の考え方について、間違いが無かったことに気がつきました。

 人って変えようが無いんです。変らないんですね。
 売れること、流行、商売は全く必要ないんです。
 純粋に絵を見ること、作家を見ることです。
 自分の信じるものを、まっすぐ扱っていく。
 お客様は、見てくれてます。
 今後も、そうしていこう。自信に繋がり、先が見えました」

「ずっと、独立しなさい、独立しなさいって、
 言って下さった織田廣喜先生に、
 自分で決めた画廊の名前をご報告に行ったんです。
 そしたら、

 『あなた、自分の名前に”純”があるじゃないですか。
  作家は、この字のために、絵を描いているんですよ』

 そうおっしゃったんです。足元にある、なんでもないことが見えた気がしました」

純画廊の内藤さんは、内藤純子さんというお名前。
確かに「純」の字があります。
なんて素敵なお話しなんでしょう!
作家は純のために絵を描いている。素晴らしいお言葉ですね!

「『風格がある』と言って下さった方がありますが、
 風格があるって、じゃあなんだろう?と考えると、
 揺れないこと、ぶれないこと。
 わたしの心が揺るがないのは、ローカルな小岩でも、
 銀座の画廊でも、高い意識を持った作家選び、
 作品選びをしていくことには変わりは無い。
 若い作家さんの未熟な作品でもよいのです。
 その中に光るもの、熱意が感じられれば。
 また売れなくても、素晴らしい作品を作っておられる方も
 たくさんいらっしゃいます。つまり、内容、質だけは高くできる。
 どうぞ見て下さい。そういう自信がある。

 自分の信じてることに、媚びる必要も嘘をつく必要も無いんです。
 終戦直後の焼け出された人でいっぱいの上野の美術館に
 母に連れられて繰り返し行ってました。
 当時4歳の私が一番好きだった絵は、"廃船"の絵でした。
 母や叔父が絵描きだったのと、
 両親が出品される人のお世話をしていましたので、
 さいわい、絵を見る環境に恵まれていました。
 生まれたまま、あるがまま、無理も無く、
 私の速度で見る、天職だと思ってます」

わたしは、この日、短い時間の中で、たくさんのことをお聞きしました。
実は、このレポートには書けないこともありました。
その部分を知ることなく、このレポートだけを読んだ方が
わたしの書き方のせいで、勘違いをしてしまっては申し訳ないので、
声を大にして書きます。

お話を聞いて思ったのは、内藤さんの人生にも、
さまざまなことがあって、順風満帆なわけでなく、
辛い思いや切ない張り裂けそうな思いをされながら、
たくさんの苦労・経験を経てきたからこそ、培われた、
この自信なんだと感じます。

「コンプレックスは、その人の財産になります。
 人の痛みや弱み、心情を心底理解することです。
 どんなに優秀で、有名であっても、コンプレックスや影はあるものです。
 人の心の影を、これからも、汲み取っていきたいと思います」

まるで、ひとつの劇を見ているようでした。
時間は1時間くらいだったかもしれません。
かいつまんで、要所要所、ざっくりだったと思います。
それでも、内藤さんのお話は、場面が想像できて、
自分がその身に置き換わったり、嵐のシーンがあったり
雪のシーンがあったり、ハレルヤの合唱があったり。
(わたしの、脳内のイメージです。)
そして、最後に、
自分が傷ついた事はさておき、
人の心の影や傷などの痛みや弱みを感じ取ってあげたいというお言葉。
リフレインが止まない、伺ったお言葉と余韻で、胸が震えそうでした。

「なんだか、たくさんお話ししちゃったけど、
 使えるところを使って下さいね。どうぞまたいらしてくださいね」

またいくらでも、お話しできますよ♪という感じで
さっぱりと話された、内藤さん。わたしは、ただただ、放心状態でした。

実は、わたし自身、この時、救いを求めていたような状況でした。
誰に何を・・・というわけではありませんが、
あっぷあっぷと、いっぱいいっぱいになって対処しきれなくなった、
澱んだ水を捨てて空っぽになりたかった。
もやもやとした自分で自分を縛り付けているものから
自分を解き放ちたかった。目の前のことをどんどん受け入れながら、
自分で消化してゆくしかない日々の中、さすがに、点滅ランプが光り、
銀座の町に飛び込んでいました。

内藤さんのお話、お言葉ひとつひとつが、
ピシピシと胸に響きました。顔を叩かれて目が覚める感覚。
余りにも、弱りきっている自分が求めていたものであり、
今の自分に必要な言葉ばかりで、泣きそうで、
今日、このお話しを聞くために、ここに来たんだと悟りました。

わたしは、この日、水口さんの作品に癒されたかったんです。
水口さんに会って、若い方が、結婚しても、創作活動を続けられていたら、
とっても嬉しいですし、自分も頑張ろうと励みになる。
結婚という人との繋がり、新しく家庭を築くことは、
思いやりがなければ成り立ちません。結婚はひとりでは決してできない、
夫婦に課せられた、共同作業・勉強だと思います。
赤の他人と苦労を共にし生きてゆくことは勉強以外のなにものでもありません。
子どもが生まれれば、子どもを守り育てるのが夫婦での勉強となります。
ひとつ、次の段階に進んだ水口さんが、
これから先どんな創作をされてゆくのか。大変興味深いものです。

水口さんの作品は見てると、吸い込まれそうだけど、
決して消えることはない。その中の「生」を感じた時、
わたしは、自分の「生」を考えることとなりました。

たまに、自分のやっていることが、
いったい人にとってどれだけ役に立っているのか、
何の為に、やっているのか、わからなくなる、自信がなくなるときがあります。
これから先、自分はどうなるんだろう。寂しくなるときもあります。

でも、今回思ったのは、
自分で必要だから、自分で選択しているのだと。

わたしが、純画廊さんに行った事も、自分が必要で選んだこと。
内藤さんから伺ったお話も、わたしにとって
必要なお話しであったから、お伺いすることができたんじゃないか。

すべてのことは、自分にとって意味があり、必要なことだった。
そして、たくさん、与えられていることに、気がつきました。

「純粋に絵を見ること、作家を見ることです。
 自分の信じるものを、まっすぐ扱っていく。
 自分の信じてることに、媚びる必要も嘘をつく必要も無い。
 あるがまま、無理も無く、私の速度で見る、天職だと思ってます」

内藤さんの、この言葉。胸に響きました。
わたしは、ライターさんと言われる事が多いですが、
自分の中では、ライターだと思っていないんです。
心の中では、作家だと思っています。
絵を描いたり、版画を作ったり、人形を作ったり、
陶芸をする作家さんと同じです。

わたしは、一期一会の出会い、二度と戻らない時間の中で
限りある空間の中で作品と向き合い、写真に撮り、
作家さんやギャラリーの方のお話しをお聞きし、
画像を作り、文をまとめ構成しながら、ひとつのレポートを創っているのです。
かけがえのない、思い出として、心をこめて創り上げた作品です。

揺れないこと。ぶれないこと。
わたしには、まだまだ遠い領域です。
でもいつか辿り着きたい。そう思っています。

何かしら、創作をしている方の中には、同じように思われている方、
いらっしゃるんじゃないでしょうか。

作家は己の純のために絵を描いている。
絵に限らず、クラフト作品にしても、同じことが言えることでしょう。
その人自身の「純」のために。
わたしは、その純を感じて、
誠をこめて、これからも創り続けて参ります。

ひとつの個展で、同じ絵、同じ作品を見ても、
全く違う見方をすることもあるでしょう。
別々のところをクローズアップする場合もあるでしょう。
同じものを見たからと言って、同じものを見てるとは限らない。
同じものを見ても、違う風景を見ている場合もある。
それでいいんだと思います。それが、その人の、「純」なのだから。

どんな出会いがあるか、発見があるか。
個展を、作品を鑑賞することは、宝探しのようなものでもあり、
気がつかなかった自分に出会う場所でもあるかのかもしれません。
今年1年、ギャラリー取材レポートをしてきました。
今回を入れて、43レポート目でございます。
初めての試みで、どうなることかと思いましたが、無事1年終わりました。

わたしは、どうしても、この純画廊さんでの、
水口かよこさんの個展レポートで、今年最後しめくくりたかったのです。
ずいぶんお待たせしてしまって、すみませんでした。
水口さん、素敵な作品を見せて下さり、どうもありがとうございました。
これからも応援しています。作り続けてくださいね*
水口さんに会ってなかったら、純画廊さんに行くことは無かったかもしれません。

純画廊の内藤さん、貴重なお話を、どうもありがとうございました。
なにか迷った時は、お言葉を胸に、思い出したいと思います。
純画廊さんに出会えて、ほんとに、よかったです。
どうもありがとうございました。

■純画廊
  http://members.edogawa.home.ne.jp/g-jun/
  東京都中央区銀座1-9-8 奥野ビル2F
  TEL/FAX 03-3564-8230 11:00~18:00
  東京メトロ「銀座一丁目」「京橋」より徒歩2分

■水口かよこ
 http://sakura.canvas.ne.jp/spr/kayoko_mizukuchi/
 昭和57年  大阪府堺市生まれ
 平成13年  大阪市立工芸高校 美術科 油画専攻卒業
    14年  第2回佐藤太清賞 入選
    16年  第4回大野城まどかぴあ版画ビエンナーレ 入選
    17年  京都市立芸術大学 美術学部版画専攻卒業
    17年  京都市立芸術大学 作品展 市長賞受賞
    18年  第12回鹿沼市立川上澄夫美術館木版画大賞 入選
    19年  2007 京展 入選

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