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2007年8月10日 (金)

高円寺 蜻蛉玉ばぶるすさん

今回は、高円寺にある、「蜻蛉玉ばぶるす」さんを取材してきました。
この「ばぶるすさん」ですが、昨年暮れに、猫の額さんに行く途中、
ぱる商店街でみつけた、とんぼ玉がいっぱいのお店です!
とんぼ玉もさることながら、店内のディスプレイ、アンティークな置物にうっとり。
蛙や象、ヤモリ、亀、梟など、わたしの好きなものばかりで目が釘付け!
もう嬉しくて、すっかりお気に入りロックオンです!

それ以後、高円寺に行くと、必ず立ち寄っています。
今年の2月にとんぼ玉制作ができる工房が新たに店内に設けられ、
リニューアルOPENしてからも、ちょくちょくお友達を連れてったりしました。
みなさん、「すてき~♪」と気に入ってくれましたし、
店長の星野さんは、時には、
「いま、こういう蜻蛉玉作家さんがいてね~」と分厚い本を見せてくださり
「ほら、これ、すごいでしょう~これはね、○○さんで、
 こっちは□□さん、すごいんだ~」と丁寧に説明くださったりします。
その説明に、うわうわ、嬉しいんだけど、そんなにいっぱい
一度に説明されたら、忘れちゃう~(><;)と思いながら、
すっごく、とんぼ玉がお好きなんだな~というのが伝わりました。

こんなふうに、ずっと取材したいなと思っていた、
お気に入りのお店「蜻蛉玉ばぶるす」さんでございます!
たっぷりとお話し、伺ってきました。ずずずい♪っと、お楽しみ下さい~☆

よく、ばぶるすさんを見て回る女性のお客様が
「きれい~♪」のあとに「で、これって・・・とんぼ玉?」
「・・・みたいね?」で、会話が終ってるのをよく聞きます。
そうなんです。とんぼ玉って、実はなんなの?ということです。

実は、わたしもよくわかりませんでした。
はっきりいって、ガラスのことも、よくわかりません。
よく、お花がガラスの中にあったりしますけど、
あれもなんなのかわからないほどです。
(あとで伺ったところ、それはエナメルで固めてあるものだそうです。
 ガラスの中に植物を入れることは無いそうです。)

とんぼ玉とは、紐を通す穴があいているガラス玉のことで、
色々な、模様がつけられているのが特徴です。
とんぼ玉の起源は古く、今から4500年も昔、
古代文明、メソポタミア時代にまでさかのぼり、
植物の灰の中の炭酸カリウムと、砂の二酸化ケイ素を高温でとかし、
冷却・固化して作製したビーズを作ったことが始まりだと考えられています。

また、300年前のアフリカでは、ベネチアから
お金(通貨)としてたくさん持ち込まれ使われていたそうです。
これらのとんぼ玉は、アフリカの象牙や、奴隷と交換されてゆきました。
今でも、アフリカには、当時のとんぼ玉が多く見つかっていて、
時代限定ができる貴重な証拠となっているそうです。

日本においては、
●吉野ヶ里遺跡から見つかっている。
●正倉院で、たくさんのとんぼ玉と、作り方の書物や原料が収蔵されている。
●奈良時代~平安初期、仏教美術と深く結びつき、その技法は秘伝扱い、
  とんぼ玉に接することが出来る人もごく一部に限定されていた。
●江戸時代~南蛮貿易により、
  中国のガラス技術とヨーロッパのガラス技術が日本に渡航。
  長崎などで安価なとんぼ玉が多数作られるようになる。
●その後、長崎の技法が江戸で発展したもの(江戸とんぼ玉)、
  アイヌ民族との交易用に作られたもの(アイヌ玉)、奈良時代からの製法で
  作られたもの(泉州玉)が庶民の手に渡るようになり、
  根付けやかんざしなどの装飾品に使用される。
●明治時代~とんぼ玉の製法は奢侈禁止令によりに絶えることに。
●戦後~江戸とんぼ玉や外国産のとんぼ玉を参考に復元が開始。
  今日、多数の現代作家のもとで作られている。

(以上、ウィキペディア(Wikipedia)より参照。
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AC%E3%83%A9%E3%82%B9
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%A8%E3%82%93%E3%81%BC%E7%8E%89

というわけで、ひとくちに「とんぼ玉」といっても、
なにやら随分と歴史があることが、わかりました。
日本においては、いっとき、「とんぼ玉が閉ざされる時代」もあったんですね。
全く知りませんでした。
とんぼ玉というと、観光地のお土産やさんに売られている、
もしくは、体験教室で作れるもの、
逆に、百貨店などで売られる高級なガラス玉というイメージがあり、
お土産として喜ばれそうな伝統工芸品(?)な感じと、
アーティストが作るアート作品(勿論それなりに高い)とに、
なんだか差があるように感じていました。

そんな中、この「蜻蛉玉ばぶるす」さんは、
いろいろな作家さんのとんぼ玉を見ること、手にすることが出来ます。
気軽に入れる雑貨屋さんでありながら、
とても「とんぼ玉」を大事に主役として展示されているのが、印象的です。

「蜻蛉玉ばぶるす」の店長、星野雅彦さんは、愛知県出身。
地元で大工さんを経験後、上京します。

「そもそもの上京の目的は、文芸の同人誌を立ち上げ、
 バンド活動と、劇団旗揚げでした。
 それぞれで柱となって活動してきた時間が、
 今、現在、とても役に立っています。振り返ってみれば、
 この経験を経たことで、今がある、こうなったんだと思います」

その後、星野さんは、
「シミズ舞台工芸」という、舞台美術専門の会社に就職します。
日本のコンサートの8割を担うという大手の「シミズ舞台工芸」。
有名なアーティストのコンサートなど多数作ってきたそうです。
大工さんの時に培った技術と、シミズ舞台工芸さんで学んだ、
会場設営、舞台制作などが、今のお店作りに活かされているのですね。

「小さい頃から作るのが大好き。考えてばかりだった。
 ダンボール1個出されると、まず考えて、
 えー?!これがさっきのダンボール?!
 と驚かれるようなものを作る。そういうことが大好きだった。」
とご自分を振り返る星野さんが、自然と口にされたのは

「幼稚園の先生に文集で
 『つくることが大好きな、まー君。考えるのが大好きな、まー君。
  どうぞ、そのまま大きくなってください』という言葉を頂き、
 凄くびっくりした。でも確かにそうなんです。今でも心に残っています」

自分が本当にしたいことは何か疑問に感じた星野さんは退職、
29歳のときにインドへ向かいます。
 「あとから考えれば、結果的にそうなった。
 インドの地で分かったのは、自分の頭の地図の中で、
 ひとまず、自分の居場所を確認できたということです。
 そして、次にどこへ行こうかと。」

インド旅行から帰ってくると、資金をため、はじめは友人とともにインドネシア、
インド、タイ、ベトナムなどの、アジア雑貨の輸入会社をたちあげます。

そんな中、アジア雑貨のなかの、ガラス細工、ビーズに特化していこうと決め、
4年目に、とんぼ玉専門店ショップとしてOPENさせます。

何故、アジアン雑貨の中のガラス、ビーズ、
とんぼ玉に特化しようと思ったんですか?とお聞きしたところ、

「アジアのガラスは、織物と同じで、
 それぞれの国の歴史や風土などの特徴がある。
 日本には、江戸とんぼと、現代とんぼがあり、
 現代とんぼは、現代アートとして、可能性があると感じたんです」

小さい頃から、これはどうやってできてるんだろうと考え、
壊したりいじったりしながら、新しいものを作るのが好きな星野さん。
大工さんとして住宅を作り、コンサートなどの舞台道具を
作ってきた、どちらかといえば、超現実的な星野さんの言う
現代アートの可能性とは、なんでしょう??

「抽象的な表現をしたいんです。
 具象ですと、それ以上のものがない。
 見たまま、綺麗なままで終ってしまう。
 抽象というのは、なんだかわからないから、
 見た人のイマジネーションをかきたてます。
 自分が、どう理解するか。
 自分の引き出しを試される、せめぎあい。
 そこが面白い。見た人が、作品を作るんです。
 現代とんぼ玉の世界に、この波を投じたいです」

抽象、具象。なんだか、絵画のようです。
でも、よく考えたら、とんぼ玉もアクセサリーも、
ネイルアートだって、絵と同じだと思います。

「自分が表現したい、その手段がとんぼ玉だった、
 というスタンスで、ありたいです。
 平面じゃ表せない、ガラス、球体ならではの出し方、見せ方がある。
 とんぼ玉って素敵だわ、だと、そこで終ってしまう。
 ルネッサンスから守られてきた美術の世界を
 ピカソやゴッホのように、こんなのもあるんだ!と
 大きな流れを変える波があった。
 そのおかげで、現代アートがあると思う。

 綺麗って、いつでもどこで誰でも言えてしまう。
 綺麗なものは、みんな好き、綺麗が芸術だと思ってる人が多い。
 でも、例えば、決して綺麗からはほど遠いと思われるものでも、
 これってすごくない?!これが綺麗だと思わないかい?
 と発信する人がいる。見た人の引き出しが一致すれば、
 それは例え綺麗じゃなくてもスゴイ!と心が共鳴することがある。
 抽象的というのは、相手次第なんです」

よく知らない素人のわたしなどは、
とんぼ玉の体験教室などで、まず体験してみて
「綺麗~♪おもしろ~い☆」と感動し、
そのあと多分、自分でも作ってみたくて、
教室に通ったり、習ったり、道具を買って家でやったりすると思う。
そうなると、とりあえず、教わったとおり、できるようにして、
まずは、一般的な模様、そのあとに、高度なお花、
そして最後に、自分がやりたいようにやってみる、
そういう流れなのかな~と思っていました。

「それはそれで、すばらしいことで、楽しむこと、段階をふむこともひとつ。
 とんぼ玉の中で綺麗に花を咲かせる事は、難しいしトップクラスの技術です。
 でも、いきなり子供が素敵な絵を書くように、素敵な玉が出来ることがある。
 それを大切にしていきたいんです。
 感性は教えてそだつものではありませんからね。
 どうつくるか、どういう表現をしていくか。
 自分の技法を持ってる人が作家、アーティストと呼ばれるんだと思います」

ばぶるすさんには、たくさんのとんぼ玉がありますが
決して同じものはひとつとありません。
様々な色柄の輝きをもった、とんぼ玉が並んでいても、
自分が「これいい♪」と目にとまり、気に入って手にする、
とんぼ玉との出会いというのは、非常に極稀な確率となります。
確かなことは、とんぼ玉と自分が呼び合う、惹かれあうものがあると、
理由関係なく、吸い寄せられるんだと思います。

「ガラスというのは、固いけど、もろいという相反する性質を持っています。
 ガラスの分子構造は、液体の性質を持っている個体です。
 液体だから、透き通っているのです。
 これは結晶化していないということです。
 木はやがて腐り、鉄はいつしか錆びますが、
 とんぼ玉というのは、100年経ってもその輝きは変りません」

以前、ばぶるすさんの、体験教室を拝見した事があるのですが、
ガラスを1000℃近い温度で熱します。
固体だったガラスが、ぐにゃりと曲がり丸まっていく様は
1度見ると、忘れられません。いろいろなガラスを
上から溶かしこむことで、模様ができていきます。
炎の中で重なり交じり合いひとつになっていく様子は
まるで、踊っているようで、これから命がうまれてきそうな錯覚さえ起こります。
バーナーを扱っているので、炎の存在が非常に大きいのです、
腕の震えも、胸の鼓動も伝わってしまいそうな緊張感と共に、
炎の中でくるくる回る姿は、神秘的であり、
ずっと見ていたい恍惚感にひたってしまいます。
ほんの一瞬で波が、花びらが、雲が、雫が、文様が、
とんぼ玉の中に凝縮されていきます。
それはそれは短い時間なのに、とても長い時間に感じられました。

「知り合いの舞踏家さんは、体のトレーニングと読書を欠かしません。
 舞台に立つ日が決まったら、踊りの練習をするのではなく、
 舞台に立ったときのインスピレーションを大事にするそうです。
 音楽を聴いたときに自然に体が表現するのだそうです。

 同じように、とんぼ玉を作るとき、
 こうしたいという自分の意図も勿論ありますが、
 意図と反するものができることもあるんです。 
 溶かし方、火の具合で変っていく、
 予想外の産物、即興性がたまらないのです」

ご自分が好きだとおっしゃるとんぼ玉を見せてくださり、
「これって、なんだと思います?なんだかよくわからないでしょう」
くるくるとまわされた、とんぼ玉という小さなガラスの中には、
地層のように、星雲のように、ひとつの宇宙が存在しています。
角度によって、光に触れることで、万華鏡のように
違った表情を見せるとんぼ玉。
この中に、もうひとつ地球があるんじゃないかと思えてきます。

「中学の時のクラブ活動では、カビの研究をしてました。
 カビの次は蜘蛛の研究もしました。
 顕微鏡で診るのミクロの世界は、マクロな世界そのものです。
 こんな小さいものなのに、こんなに複雑なんだ、
 なんて面白いんだろうと思いました。
 分子があり、原子があった。ところが原子は原子核と電子からなり、
 原子核は陽子と中性子から出来ている。そして陽子はクオークと・・・。
 素粒子といわれる最小単位は、これからも進化し続けるでしょう。
 今、なにからなにまで、シンプルにという時代ですが、
 世の中というものは、思っている以上に複雑なんです」

星野さんは、「自分のコレクション」が置いてある棚から、
しずく型のとんぼ玉を見せてくださいました。
下側が赤く、まるで赤い海の中に一輪の花が咲き、
上のほうに、ひとつの水泡が天の輪のように浮かんでいます。

これって、穴が開いてなければ、
水泡がこんなふうに見えるんだけどなー見えないかなーと、
一生懸命、見つめてらっしゃいました。
見せたかったんでしょう。ありがとうございます。
また、宝物とおっしゃる万華鏡を取り出し、
嬉しそうに振ったり筒を温めながら
「あー!きれい!これすごい!見てみて!」と見せてくださいます。

この万華鏡が、油が入っているので、ぴたっと止まらず、
じわんとゆったり、常に動いてゆくのです。
今まで見た中で、一番綺麗な、とびきりたまげた万華鏡でした!!!
「こんなのはじめてみた!」
「どうやってこんなの作ったんだろう!」
「ああーー!!動かしたくない!!このまま見ていたい!」
2人で万華鏡を見ながら、一期一会の輝きとの出会いに、
「うひょー♪うひゃー♪」と、大喜びでした*

この万華鏡で感激したあと、
今まで見たことの無いようなものを見ると、
今まで見てきた綺麗なものの記憶、想像できる範疇というストックが
より一段ランクアップ、増える、広がる気がしました。

「万華鏡を見てると、無限で
 二度と同じことが起きることがないので、
 イマジネーションがわくんですね。
 脳って、フレキシブルに変っていくもの、無くなっていくもの、
 移りゆくものにかんして、忘れないように、覚えるように、
 強く印象付けるんです。止まったものも美しいですが、
 どんどん流れていく、万華鏡や、オーロラのように
 スピード感あるものに脳は強い刺激を受けるんです。
 一瞬一瞬が芸術なんですね」

この言葉を聞いて、星野さんが大好きな万華鏡の世界の、
ほんのひと欠片、ひとつの断片、一瞬の輝きを、
とんぼ玉で表せたら、とんぼ玉という小さなガラスの玉に
閉じ込める事ができたら、どんなにすてきだろうなあと思いました。

同時に、とんぼ玉(に限らずかもしれませんが)
を作る作家さんというのは、もしかしたら、多かれ少なかれ
自分の中の経験してきた、或いは想像する、素敵、おもしろい、
かっこいい、見せたいと思ったものを、ガラスの性質を生かして、
とんぼ玉という世界に埋め込み、
わたしたちに見せてくれているのかな、と感じました。

「高円寺は、吉祥寺や、荻窪とはまた違って、
 気ままにウインドーショッピングをする、ぶらぶら散策しながら、
 掘り出し物を探しだしたいというニーズがあると思うんです」

とんぼ玉の専門店って、ばぶるすさん以外、聞いたことないのですが、
確かに、高円寺にあってよかったと思います。

「日本は、パーツも、ガラスを溶かしていく技術も
 世界の中で、大変高い水準なんです。
 日本人は、手先が器用で、再現能力も、非常に優れています。
 とんぼ玉を知らない人は、この世界を見て知って欲しい。
 知ってる人は、ガラスが溶けていく様子を見て、
 それをコントロールする楽しみを体験してもらいたいです」

ばぶるすさんの店内にある、蜻蛉玉ばぶるす工房では、
とんぼ玉制作体験ができます。

●15分 とんぼ玉1つコース 1,575円
●30分 とんぼ玉2つコース 2,100円

こちらの、工房体験、週末は予約でいっぱいだそうです。
予め、電話かメールでお問い合わせ下さいね!

星野さんが作りあげた、ばぶるすさんには、
星野さんがいいと思った、アジアン雑貨、置物と一緒に
千差万別のとんぼ玉が一期一会の輝きで鎮座しています。
もちろん、完成ではなく、まだまだ増殖中だそうです。

「ばぶるすとは、泡。無常で、よどみに浮かぶうたかたです。
 とんぼ玉は、ガラス玉ですが、作るからには、使命を持っていたい。
 必ず変っていくもので、自分も変るし、そうじゃなきゃいけない。
 ゴールなんてない、あるわけがないんです。
 探究心がなくなったら終わりです。モチベーションを保つこと。
 70歳になっても、学ぼう、想像しようという
 気持ちを持ち続けて行きたいです」

蜻蛉玉ばぶるすの星野さん、どうも今日はありがとうございました!!

なお、8/20、「家のタネ」にて、2月のリフォームのお話し、
さらには、星野さんの建物に対するお考えなどのレポートを掲載しています。
よろしければ、ぜひ、こちらもご覧になってください。
●家のタネ 【それぞれの想い】高円寺 蜻蛉玉ばぶるすさん


■蜻蛉玉ばぶるすHP
 http://www.ranman.net/
東京都杉並区高円寺南2-22-6竹田ビル1F(map)
 Tel/Fax:03-3313-0277 営業時間13:00~21:00
 交通マップ詳細 こちらを押して下さい


◆8月28日、インターネットTV「posh me! FRONTLINE」の取材があったそうです!
ばぶるすさんの番組への直リンクはこちらです。こちらもどうぞご覧下さい♪


----------------後日談----------------

レポートの原稿を見て頂いているときに、星野さんから素敵なお話しを
お聞きしました。とてもいいお話でしたので、後日談で書かせて頂きます。

「もともと、日本人の心は"ある"、"ない"だけではなかったと思います。
 例えば、仲間はずれを意味する『村八分』でも、
 火事と葬式の二分は残っているのです。
 この村八分を子供達に教える際に、かつてのとある先生は、
 『井戸を10回使ううち、8回までしか使わせないよ』
 と言う例えを使って教えられたそうです。
 全員で無視したり、吊るし上げるような、
 単なる仲間はずれですと、すべてを断絶してしまいますが、
 断絶されずに残された部分にこそ、
 日本人のやさしい気持ち、日本人の良さですね。
 心が込められているように思います。

 これと同じような話で、よく、お客さんとする問答に、
 「ドーナツには穴が開いているか、開いていないか」
 というのがあります。
 私がこう聞くと、みなさん、あれこれ考えて、
 ある人は、「穴がなければ、ドーナツではないから開いている」と答え、
 ある人は、「ドーナツを構成する生地には穴がないから開いていない」と答え、
 そんな観念的な答えと、物理的な答えが錯綜します。

 禅は日本人の心そのものなのですが、これもひとつの禅問答です。
 ある禅僧が紙に円を描き、
 「円は墨の部分か、紙の部分か」
 と聞かれて戸惑ったときに、
 「どちらでもあり、どちらかでもあり、どちらでもない」
 と教えられたことがあり、目が覚めたことがあります。

 確かに、何が欠けても円にはなりません。
 「答えはひとつではない」の最たる例えです。
 しかしながら、その墨も紙も、それらが何からできているかと考えれば、
 円自体が、その実体を失っていきます。
 さらに、それらを感じる「私」の持つ感覚さえ、
 在るが如き物でしかない訳です。

 答えをひとつにしようとするのは人の癖で、
 そのために窮屈になってしまいがちです。
 でも、視点は本当は変幻自在なはずです。
 「あるか、ないか」は分かりやすいですが、
 「あるし、ない」はなかなか考えつかないわりに、
 日本人である我々は「なるほど」と以外に簡単に言えてしまいます。

 曖昧さ加減は、日本人としての美徳と捉えたいです。。
 肯定もしないし、否定もしない、なんともいえない風情ですね」

星野さんのお話に、胸がしんと静まりました。
肯定も否定もしないという言葉がここで出てきたのも驚きました。
わたしは常々、そういう人でありたいと思っていたからです。
細部にこだわって大局を見失いがちな面がある自分にとって、
このお話しと出会えたのは、気付かせて頂いた、
出会うべくして出会った、導きなのかもしれません。
ばぶるすさんの取材は、大きな意味で
わたしにとって忘れられない記念になりそうです。

とんぼ玉は、ただ美しいガラスの玉ではありませんでした。
美味しそう♪面白~い♪変ってる~♪と手にした瞬間から、
わたし、という時間の重なりと、瞬時に繋がり、
様々な経験、思いを仕舞ってある扉を開けて、
自分自身を映し出していた、自分が目にしていたのは、
自分を覗き込んでいた、わたしだったのです。

星野さん、ためになるお話お聞かせ下さって、
どうもありがとうございました(^0^)/☆
これからも、どうぞよろしくお願いします!


----------------更に、後日談----------------


●おまけ●
2006年11月26日に、お友達と高円寺散策をし、
増山博先生による、蜻蛉玉作り方デモンストレーション体験を
してきてます。この様子をまとめた「行ってきた記事」がこちら↓
高円寺散策(蜻蛉玉専門店ばぶるす・猫の額・のら犬カフェ)

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